『ノラー光のかけらー』

2009年7月
(新)テラ・アーツ・ファクトリー 第9回公演



2009年8月5日(水)

テラ・アーツ・ファクトリー会議

「総力戦」となった『マテリアル/糸地獄』公演が終わって、最 初の会合。

テラにしては珍しく「外部組」が多数参加した前回公演から久し ぶりにテラメンバーだけでの会合に戻る。日時を間違ったうっか り者一名、外部出演のため欠席一名、私を除い て全員女子9 名。ほっとする気持ちがあり、一方で、あの稽古場のにぎやかさ (カオス、 混沌)、活気が懐かしくもある。

人間にはつねに相反する心理が働く。無理に一方を抑圧せず、相 互の欲求や気持ちを配慮しつつ、バランスを取って行くことが必 要だ。多人数でやった後は少人数でやりたいと思う。同じメンバ ーでやったあとは別のメンバーともやりたいと思う。求心的な内 向的な 作業の後は、外に向かう動きをしたいと思う。その際、 どちらが自分の立脚する足場としてふさわしいか、そこに立った 上で、逆も可となる。テラはこのメンツによる求心的、急進的な 集団作業が自分たちの足場である。その上で、異なった企画(実 験)も入れて行き たいと考えている。



メンバー一人一人から前回公演に関する「企画」レベルに関する 感想を言ってもらう。みなそれなりに今回の「企画=テラとして の実験」(今回の「実験」の第一は多数の外部組を交えたこと。 第二は戯曲を軸に舞台を作ったこと)を楽しみ、充実もしたよう で、舞台の 評判も良かったらしく、こういう企画をまたやって みたいとの意見多し。今回はこれまでに比べて戯曲の比重が大き かった(演劇的)。身体とパーフォーマンスを主体に舞台作りを するテラでは「異例」。

テラの舞台は厳密には「パフォーミング・アーツ」(舞台表現活 動)ではあるが、「お芝居としての演劇」ではない。「演劇」に は、ドラマシアター(戯曲再現型)だけでなく、ポストドラマシ アターも含まれるし、世界的にはそうなのだが、現在の日本では 戯曲再現型=お 芝居演劇、という習慣的な受け取りが固定して しまっている。ゆえに私たちのは、「これって、演劇?」とかい う観客反応もちょくちょく出て来てしまう。が、「これも演 劇」。

まあ、「自由」な表現をめざすテラとしては、逆にこういうスタ イルの企画(戯曲を軸に置く)もまた機会があればやりたい。何 より、新鮮な感じでみなリフレッシュしたようだし。




次に次回公演『ノラー光のかけらー』に関しての要望を言っても らう。8月中に皆の意見を参考に基礎プランを演出チームで立て たいと思う。集団で舞台を作ってゆく、あくまで創造の主体は構 成メンバー全員である。一緒に一歩ずつ前に向かって進みたい。 観客動員や劇団を 大きくすることをめざすあまり、集団が持た ない、メンバーがたえず入れ替わる、小さな集団はそういうジレ ンマに陥る。もちろん、観客に自信をもって提示する舞台作りを 第一に考えることはかわりないが、それと同様に集団とメンバー を大切にしたい。だからこう いうやり方になるし、これが(テ ラの取り組んでいる「集団創作」方式)そのためにはベストだと 思っている。

ペースを変えず、ぶれず、一歩ずつ地道に行きたい。そんな「小 さな小さな歩み」をみなと一緒に続けていきたい。それを「支え る」のが自分の役目だと思っている。創造者、アーチスト、クリ エーターは集団の構成員全員である。舞台の主役は作家でも演出 家でも なく、パフォーマーである。こういう考えを生涯変わら ず貫きたい、である。

演劇現場での演出家は一番偉い人、ではない。みんなの「下支え をする人」でいい。そう思ってきた、今後もそうだ。

2009年8月8日(土)

『ノラー光のかけらー』
演出方針に関して思案する。『人形の家』の現代化演出ではな い。「集団創作」、「身体性を基盤にした舞台」の上にコラージ ュしてゆく「引用」の中心に、あるいはその「背景」 に「ノ ラ」を置く。

現在のテラの「集団創作」を支えるのはコラージュ手法だ。個人 が書いたものではない。 皆が作家でもある。だかっら結果とし て複数の「声」を集合した「コラージュ」作品になる。とは言っ ても様々な題材のオムニバスではなく、「ノラ」が基調、地盤、 背景にあるものとなる。女性の生き方、男性との関係、親との関 係の中で自我をいかに形成するか。したがって、社会心理学的、 精神分析的手法になっていくだろう。

手がかりは1景の「スクエア」(光の四角錐)シーン。そして 「単語」、自我を形成するのに必要なキーワードを考え直す。 「スクエア」内は孤立した私人の内面表象を表出させるシーンで ある。社会空間の中では自我を形成し(ペルソナでもある。個、 個性、個人)、生存のために自我を適応させるが、私人の内部で は必ずしもその自我は、自分自身と一致しているわけではない。 自覚できない部分で、齟齬が生じる。齟齬が拡大すると神経症や 心身症に陥るし、神経症的うつ病も併発する。そういった神経症 への過渡的様相としての、内面の分裂、分離症状を表出させるシ ーンでもある。この状態を克服して、はじめて強固な自我が形成 されていくのだと思うが、その途上(の葛藤)を表すことにな る。

人間の意識の底にはつねに不安と孤独がある。それは文化や時 代、国を越えて、人間という者が抱える避けがたい普遍的なもの に属する。村上春樹の『ノルウエイの森』が全共闘世代、現在6 1歳になる村上春樹であるにも関わらず、世代を越えて80年代 から若い世代の共感を得ている理由でもある。「状況」や「文 化」、「時代」を基盤とした社会批評的な作品が、必ずしも広い 世代や国籍を越えての共感の拡がりを持たないのは、その文化的 「限定性」ゆえだろう。私たちの「ノラ」へのアプローチは男、 女ということではなく、人間そのものが抱える避けがたい不安と 孤独を足場にしたものにしたい。

無意識の表象が外在化する。自我は「女」として外部の共同幻想 に適応したかたちを取るが、同時に世界に向かって自由であろう とする欲求がある。それが実現できないで歪められると、潜在意 識(エス)の部分に大きな抑圧がたまる。この抑圧は通常は神経 症や心身症を引き起こすものだ。



さまよう「ノラ」:吉永が触れる現代の触感世界。
軸は吉永:過去のノラ、そして根岸:現代のノラ、ギャル・・・ ほかの女性、「自由」と「自立」。
女子同士でノラを改作したテクストによるダイアローグを作って みたい。現在の会話とも重ねる。時間の単線軸を作らない。それ をやると、筋書きの隘路にはまる。甲野善紀の対談にあるように 聴覚(言語)より視覚(身体)である。視覚は同時に複数のもの を捉える。聴覚は時間軸を形成する。この違いは大きい。テラが 視覚的舞台をめざす根拠。それは時間軸によって縛られる意識の 構造化を脱構築する、ということだ。意識の構造化によって無自 覚の「型」にはめ込まれていく。「定型」は時間軸の単線化から 始まる自己 幻想(思い込み)の作用が基盤にある。視覚を通じ た複合化、錯綜型は混乱、混沌を呼び起こすが、その混乱・混沌 によって流動化した思考、意識を再構成、再構築する、そこに観 客の主体的参加(心的行動)が要求される。受動性に甘んじてい る、メッセージを一方的に受け取る、ということが習慣化してい ると、困難や「わからない」ことは意味のないこと、という認識 の「たこつぼ」にはまり込むしかない。異質性の排除、反復の認 証と伝統化、保守、無自覚の視野狭窄症・・・。そういう状態に 陥っている自分自身が自覚できない。多文化、多国籍、他民族、 様々な異質性の交流・交通に慣れていない列島人の特に陥りやす いナルチシズム(自己幻想=思い込みの絶対化、自己中心性、主 観世界、「日本」病。

2009年9月11日(金)

テラの稽古、一週間ぶり。

基本訓練(ファリファリ)をやった後、『ノラー光のかけらー』 のプランニングを前回に続いて。。。皆の意見を聞きながら、何 となくアウトラインは絞られてきた。男性陣が出演するか否かで かなり違ってくるので、もう少し保留状態のところもある。この 件に関してはシルバーウィーク 前までに決着する。出ても出な くても大丈夫ようにプランを進めることに。

稽古後、終電真近かまで今度は演出チームで今日のプランニング を受けて、先の「見立て」をする。男性陣の客演を最終的にどう するか、新人を出演させるか、次回の稽古までに決定したい。そ れぞれの都合もあるし。プランを先行させるか、出演を決めてプ ラン を対応するか、ここは双方からの「さじ加減」の中で決ま ってゆく。

テラ・スタイル(集団創作)では戯曲前提劇とは違い、かなりの 柔軟性がある。まず集団のメンバーがいてそのメンバーを前提に 舞台を作る。そこに必要な人材があれば外部からお願いする。そ ういうやり方。企画があって、たとえば二人芝居で一人は老年の 男 性、一人は老年の女性、ならばプロデュースが一番いい。そ の役に合い、演技力もある。そういう出演者をキャスティングす ればいい。これは普通にやっている上演の形だ。

新劇は150人近い老若男女の俳優がいるから、キャステングは 自前で出来る。小劇場はそうは行かない。ここは全く条件が違う ところだろう。その上でテラは企画型(プロデュース、ユニッ ト)ではなく、集団を基盤にした舞台作りをしたいとか思う。し かし、ほぼ同じ 年齢層の女子ばかり10人弱・・・。いやあ、 これはすごい「制限」がかかる。ワタシ個人はいま、べテランに よる中高年の舞台がやりたいという欲求もある(たとえば昨年や った、『ライフ』・・・「懺悔」もの、とか)。もちろん、女ば かりの舞台、というのもすっかり面白 くなってきたところだ。 人は自分に与えられた限られた条件の中、環境の中・・つまり現 実から遊離せず、夢みたいことを考えずにやれることをまず一番 にやるべし。現場はハイパーリアリズムの世界だ。そのリアリズ ムの世界で、そこからどこまで跳べるか、そこ が一番面白いと ころ・・・。次回のテーマは割と明快。だからこそ、シーンはよ り緻密にその裏付けを作って行きたい。とかそんな話を今日はし ていた。稽古場での活動が本格する前、今の時期が企画・制作・ 演出などのスタッフワーク、準備作業の集中する時期。大 忙し で決めないとならないこと、手を打たないとならないこと山積 み、状態。急げ・・!走らず。

2009年9月30日(水)

次回公演『ノラー光のかけらー』のちらし製作の最終段階。

諸原稿を揃え、(外部)出演者の確定や基本作品プラン(9月 中、メンバーと一緒にずうっとプランニングを重ねてきた)をベ ースにしたちらしの文言や表紙を作り、という作業が続き何とか デザイナーにネタを渡せそうなところまで来た。昨日、偶然デザ イナーの奥秋 さんに劇場でお会いしたので、下北沢で用事の合 間をぬってお茶しながら、あれこれ話す。



テラ稽古
プランニング、昨日の続き。メンバーが手直ししたシーンを見せ てもらう。その後、新しいシーンに関する打ち合わせ、全体構想 に関する確認など。女性主体の作品、あちらの「ノラ・ワール ド」に対して、いかにこちら(現在のワタシ/彼女たち)を対置 するか。「こち ら」の問題が何であるかの考えを深める作業が 続く。前回より、よりクリアーな作品になると予想される。子育 て、女性進出、夫婦別姓・・・女性をめぐる変化、改革も進んで いく、進ませたい。そういう動きと連動するタイイムリ―なテー マになりそうだが、「タイムリ ーな作品」ではなく、我々流の アプローチの作品にしたい。

2009年10月2日(金)

今日は朝からちらし製作の雑用をこなす。まずは吉永さんが描い てくれた絵を専門の会社に行ってデータスキャニングしてもら う。5時間ほど待って、今度はデザイナーの奥秋さんに文字デー タも含め諸データ一式を渡し、打ち合わせもする。その後、少し 遅れて 稽古場に直行する。その間に別の雑用があれこれ。。。


メンバーはみな職場を持っているから、こうした劇団の補助的な 雑務やこまごましたことは私が動ける場合は動く。が、結構、こ れが日常的に多い。そしてもろもろ相談、打ち合わせもほぼ毎日 入ってくる。半端な気持ちで集団活動は出来ない。そんな覚悟を して4 年前から集団性にこだわった演劇活動を再開した。同様 に集団性にこだわった演劇集団アジア劇場以来20年ぶりのこと だ。今はこれを最後まで、やれるところまでやろう、と思う。そ の上で、集団の「外」でも少しずつ動き出してゆこうと考えだし たところだ。メンバ ーにも自分のささやかな決意を話す。何よ りメンバーの支持や支えがないと動くことは出来ない。一人一人 が全体を作り、全体が一人一人を支える、それが集団性。


どういう場合でも一番大切なのは、いま、ワタシとともに一緒に ついて来てくれる仲間だ。昨日、その仲間の一人がいま直面して いることを話し合った。一緒に悩み、考え、可能な限り最良と思 われることを伝えたい。そんな話し合い。。。。

2009年10月7日(水)

テラ稽古

今日も二人欠場。仕事や外部出演のため、今月は常に誰かが稽古 を休む。みなが揃う日は限られている。休んだ日に出たり決まっ たりした演出や構成の内容が把握されていないとワケが分からな くなることがある。そこをどうするか、それが大きな課題。

だいたいの作品骨格、おおまかな構成は決まった。前半25分の 構成はほぼ完成に近い。中半25分以降はそっくり新規に作り直 すため、しばらくアイデアやテクスト創作を行っていく予定。一 つ一つのシーンが、一人一人の動きが「沈黙」シーンであっても きちん とした裏付け、ロジックを持ったものにし、かつそのロ ジックをより深いものにしたい。

2009年10月9日(金)

テラ稽古

11月の稽古予定をみなで再検討する。だいたいの作品構成の骨 組みが出来たので、必要な場面の稽古を想定し絞り込む。ちらし の表面原稿が仕上がってきたので、みなの意見を聞く。

シーン1(第一場)のアレンジ版を試す。少し手直ししてかなり いい感じになる。シーン3の構成サンプルを林から提示する。そ の構成案を手掛かりに創作の方向を考え、各担当演技者でプラン ニング。一つのグループは「動き」を主体にした表現、もう一方 は断片 的な会話の創作。

2009年10月13日(火)

チラシ製作、大いに難航。

昨日、デザイナーの奥秋さんと直接会って打ち合わせする。吉永 さんの描いてくれた絵とタイトルロゴやキャッチコピーがどうし てもうまく折り合いがつかない。最初に出されたデザインのロゴ 字体はとても面白いのだが、絵と合わせるとしっくりいかない。 そこで手 を加えると、もうカオス(笑)。一度整理しようと、 昨日直接会って話し合う。それで少し整理がついたか、今日、修 正案のデザインを送ってもらう。が、文字の大きさ、配置、色 彩、これらの組み合わせが難しい。メールでデータをやり取りす るうちに私も混沌として きた。まだデザインの完成まで時間が かかりそう。


キャッチコピーはまあまあ、今回はスムーズに行った。長い文章 より、短い文章、更に一行、となるとどんどん難易度が高まり、 苦しみもがきの度合いも大きくなる。言葉はほん と、難しい生 き物だ。

2009年10月17日(土)

『ノラー光のかけらー』準備

ちらし、ようやく版下原稿が完成し、これから入稿。宣伝期間は きわめて限られているが、今年までのテラは若いメンバーを巻き 込みながら(共感を得る、共感できる時間を取る、共感しうる体 験を共有する)の集団の足場固め、集団のめざすもの(何のため に 演劇、をやるのか?)と作品の方向性と方法、内容を出来る だけズレがないよう、共同作業を進めながら、深い部分からのコ ンセンサスを取って行く、そういうことに集団としての課題を置 いているので宣伝が後回しというのはやむを得ない。集客を第一 の目的とし ていない、演劇をやる意味を集団できちんと形成す る、それがまず第一。人々への「娯楽提供」が演劇の目的でし ょ、と知人によく言われるが、娯楽や癒しならば、ディズニーや 競馬や野球やサッカーやファミリーランドや映画やテレビ や・・・・・、に任せればよい。 映画やテレビにできることは そちらに任せればよい。演劇にしかできない事がある。それを極 めたいだけ。そのために拙速に陥らず、周りのスピードに振り回 されず、じっくりと「私たちの演劇」を作りたい。そのための集 団であるし、集団活動である、云々。


ちらしはいい感じで出来た。何度もデザイナーの奥秋さんとやり 取りをながら、メンバーみなが納得したちらしになったと思 う。


テラ稽古
現在は新しいシーンのプランニング期間。

3〜4人に分かれていろいろ資料を集めたり、メンバーが試しで テクストを作ってみたり、実際に動いてみてエチュード的に立ち 稽古で即興的にテクストを探ってみたり衣装案を考えたり、「動 き」のシーンの試案を作ったり。私はそれを眺めつつ、全体との 兼ね合い や構成を考え、アドバイスもしたりする。大枠は私か ら提示し、かつ構成案も示しながら、その方向性を前提に個々の 作業を進めている。来週まで、こうした「創造のための実験期 間」にし、来週末に新場面テクストのベースを作る。

並行して私はイプセンに関する資料を読みこんでいる。
イプセンが『人形の家』を書くきっかけになった出来事がある。 このノラのモデルになった女性に現在、注目している。そのモデ ルらしき女性を思わせる存在を舞台に出し、現在の女性と対比さ せ、「あちら(すでに死んだ者)」と「こちら(現在、生きてい る者)」とをつな ぐ、その間にノラの引用テクストが入る、そ ういう構造を狙っている。

ノラのモデル嬢は20歳の時、イプセンと知り合った。彼の作品 に触発されて文学を志すようになった。イプセンも彼女を可愛が り「私のヒバリ」と呼ぶようになる。やがて彼女は、高校教師を 務める男性と結婚したが、夫が病気となったため、内緒でイタリ アへの 転地療養の資金を借金した。が、借金返済に窮し、イプ センに自分の書いた作品をある有力な編集者に推薦してくれるよ う依頼する。が、イプセンは作品内容のレベルが出版するに至っ ていないと断った。

その後、彼女は夫に内緒で小切手を偽造して借金の返済をしよう とし、それが夫に分かって彼の怒りを買い、ノイローゼになって 精神病院に入れられた。


出演者の創作テクスト(現代の女性の話)と、ノラのモデルの女 性、更にイプセン自身のこの件に関するコメント、などを重ね、 更に現在の結婚と育児に関する様々な事例や問題を重ねあわせつ つテクスト構成をしたいと考えている。現在の事例に関して新聞 記事 などを読みこみ、資料収拾をしているが、結構、タイヘ ン、頭が混乱。あまりに問題が大きい。自殺大国日本、問題を抱 え込んでいる個人がいかに多い事か。この事だけでも、この作品 はやる意味がある。現在の事例を変えながら、『ノラ』は問題が ある限り、テラ の継続していく作品になるだろう。

2009年10月20日(火)

テラ稽古
今日ははじめに衣装合わせ。「着替えがありますから」と言って 追い出された(笑)。私たちの集団の普段は、女性ばかり10数 人の中に男が一人いるというのが日常だから、結構、一人だけの 男の「居方」が微妙、なわけである。がさつで繊細さのかけらも ない私 は、だからいつも怒られてばかりいるのだ。

その後はプランニング。みなでシーン3(新シーン)の構成を考 え、かなり細かく組み立てを行った。このラインに沿って、必要 なテクストなどを書きこんでいくことになる。また原案(『人形 の家』)からの引用部分のアレンジや書き直しを行っていく、予 定。

2009年10月23日(金)

テラ稽古
稽古後、打ち合わせ。メンバーが自主的に作っているシーンの確 認作業など。新しく加わったメンバーと集団を仕切りなおして4 年。足場が固まってきたところだが、毎回、「勉強」である。ま だまだ、これから学ばないとならない事が山ほどある。そうしな がら少しず つ表現者として成長していってほしい、と願うの み。後は、持続、そこが出来るか否か。 出来れば面白い事がど ーんとやれる。面白い人生になる。やりたいことを諦めるのは簡 単だが、人生すぐ終わる。それじゃあ、寂いいでしょ。やれるこ とをやれる時にやらない と、一気に歳取ってしまう。続けるの は大変だけど、がんばれみんな!!

2009年10月27日(火)

イプセンに関して彼の人生全体をリサーチし、かなり人間像が把 握できるようになり、彼自身と『人形の家』との有機的な関係も 見えてきた。

イプセンは27年の海外流浪生活を送った。母国ノルウエ―での 青年期は苦い思いの連続だった。そこでの観客や取り巻きはつね に彼の作品に批判的だったり無理解だっ たりし続けた。文化的 にドイツやイギリスフランスからだいぶ「遅れた」母国の観客 (19世紀の頃のこと)に受け入れられるのはありふれたウエル メイドか、世間の常識や道徳の枠の中に治まった「人情話」に限 定されるが、彼は常に世の人々の信じている道徳や通念を疑い、 それを打破するような作品にチャレンジし続ける。それには国を 出るしかな かったのだ。

その内、世界的に名声が上がり、ようやく60歳頃には評価も定 まるが、新作戯曲(彼の場合、あくまで戯曲を書き出版する、と う形を取った)は必ずしも好評とは行かない。まさに生涯、「世 間」の通念と闘い続けた人だ。また、決して「女性解放」論者で もない。人間が個人として何にもよらず自分の足で立ち、自分の 頭で考える。「自由」、それを支える個人主義、あるいは自立思 想。それが彼のこだわったものと言える。個人の内面・精神の革 命ばかりを言い、「社会的な構造に対する革命的視点」が欠如し ていると批判的だったトロツキーも社会革命が成就し、やがてス ターリニズムが突き進むころにはイプセン を理解するようにな っていたと言う。


話は脇道にそれるが、イプセンにはどうも悔悟、というかコンプ レックスを奥さんに対し内心強く持っていたようである。慣れな い海外での流浪生活に生涯付き合わせてしまったスザンナ夫人に 対してかなり複雑な思いを晩年は抱くようになっていた。彼女の 支え なしにイプセンの創作活動はあり得ない。が、風采の上が らない若いころのイプセンは60歳を過ぎて、18歳の女の子や 24歳の女性などから好意を寄せられるような人物になってい た。頑固なこだわりが風格を作り、その風格や名声に魅力を感じ る若い女性が周辺に出没するようになっていたのである。夫人に 対する屈折した思いからイプセンも若い娘たちと親密になって行 く。いやはや。話がだいぶそれた・・・。


テラ稽古
新しいシーンに関して、引用テクスト、創作テクストなど材料を 一通りそろえた所で、構成試案に沿って初めて粗立ち稽古をして みる。やっぱり実際に空間を作ってみるとわかることが多々あ る。とても参考になった。明日の稽古までにテクスト構成や原作 からの引用個所の絞り込み、書き直しなどを進めたい。幾つもの テクストが交叉し、舞台の視覚性とミックスする事でふくらみが 出てきた。面白い!面白くなりそう!テクストも入れ替えたり、 順序を変えたりすると全然、受け取り方が変わってくる。しばら く、いろいろといじりながら少しずつ固めて行きたい。

2009年10月28日(水)

テラ稽古
シーン3、粗立ち稽古2回。
1回目。入好、多美子、もっとテクストと距離を取る方がいい。 中途半端なため、それぞれの存在の根拠が不明瞭。入好、2回 目、面白くなる。その線を「極めろ」と指示。多美子も面白くな りそう。コントラスト、ギャップが出ると面白くなる。

「本当らしく見せるリアリズム」を否定する。虚構、作り物、 「フィクショナルな非日常空間」という前提での風刺やカリカチ ュア、拡張、強調、潜在意識や心象を表現する、一人一人の人格 を基盤にしない表現、なども可能な手法となってくる。

「黒」4人の2回目の「動き」の3分が持たない。根岸の音声情 報とオーバーラップさせる。多美子、入好、藤井と誠子の会話を 頻繁に切り替え、テレビのチャンネルのようにする。そこに根岸 音声(母子家庭記事ネタ)が重なる。

ギャップやコントラストによって、観客が自由に想像をひろげら れる。空間の流動性、風通しがよくなる。

『ノラ』は他の作品同様、作品全体が人間の「こころ」の世界を 扱っている。自覚化できない部分も含めた「こころ」の闇とうご めき。それが表象や社会事象と連関してゆく。そういう手法を取 る。

シーン3の佐々木テクストは他が固まってからでいい。ある程度 の方向付けが決まってきた。その線上に選択するようにする。ネ タ候補としては、イプセンの「二つの掟」、ヘルメルの台詞、社 会面記事の3つがあげられる。

わかりやすくなるよう、伏線を貼るのはオーソドックスな方法だ が、どうもそれでは作品自体が縮んでしまう。『人形の家』の新 演出、新たなアプローチをやろうというのではない。あくまで現 在の事象がベースで、そこに「参照」的に「あちら」が参入す る、という手法である。だから構成芝居でもない。引用するが、 世界は一つの明確なものを、つまり私たちの現在を足場に創作さ れた場を作り上げている。『アンチゴネー』にしても「集団自殺 する女性たち」の世界に「言霊」としてソフォクレステクストが 召還される構造を取る。今回も同様に、「こちらの女性たち」の 世界に「演劇をやっている人間が子供が生まれた時、全く活動が 不可能になる。託児所も定時しかやっていない。仕事を終えて稽 古場に行こうにも、時間外の施設がないから、よほど親が面倒を 見てくれるような場合でもない限り不可能になる」という身近の 問題(子供が出来ると演劇を続ける事が経済的な問題だけでなく 社会制度的な問題としても困難になり、殆どの人間が去らざるを 得ない現状)とも関係している。私たち自身が抱えている問題で もある。出産年齢に達した女性が演劇を続けていける環境にない 現状。そことリンクしてみると他人事ではなく、わが身のことと なるから演技者としてではなく、一個人としても説得力(問題を 共感共有出来る範囲に入る)を持つ。『ノラ』は前回上演時よ り、メンバーの年齢的にも今回のほうがより強い「説得力」を持 つ作品になるだろう。その線であれば連続して、継続上演化が可 能になると思われる。


「根岸記事」は断片化してみる。根岸にコピーを渡し本人も考え させることにする。母子家庭、DV、離婚、シングル女性の子育 ての困難さ、その結果の虐待などの事象を扱った記事。

入好は雑誌ネタ、俗的なもの、藤井と誠子も買い物ネタ、俗的な もの、多美子は逆に現実遊離、乙女チック、これらは風刺的に描 かれる現代の風景、「自由」を持っていない人々の状況を「反面 的投影」する。前回の「かぼちゃ男」、「ポケモン着ぐるみ女」 の変形版。今回のほうがたぶん風刺であるということはわかりや すいと思うし、風刺のセンスも少しよくなっていると思う。「あ て書き」に近い、それぞれの演技的個性、演劇的キャラクターに 乗っているから、違和感なく見られる。

イプセンは「女性解放」論者ではない。生涯、故国ノルウエーの 古い因習、道徳観念、それにしばられる劇場、通俗を求める観 客、遅れている批評、ジャーナリズムと戦い続けた人だ。彼のめ ざした革命は人間精神の革命だった。トロツキーは当初、人間の 精神に言及し、社会制度や社会構造を問題にしないイプセンに批 判的だったが、ロシア革命の後、急速に権力構造を強めたスター リン政府の迫害を受ける中、イプセンに対してより深い理解と共 鳴をするようになったと言う。抑圧的な社会にあっては制度や政 治システムを変えることはむろん重要だが、同時にそれは人間の 精神自体を問題にしない限り、退廃化に向かうことは20世紀の 革命の歴史が証明したことである。その点でイプセンの生涯闘い 続けた精神は今も輝きを失わない。


稽古プラン
11月10日ころ、誠子が戻り、佐々木が加わるまではシーン3 の構成をまとめていく。公演一ヶ月前となる11月10日以降、 シーン4の稽古をしつつ、シーン3も修正してゆく。S3,S4 を固めた後、S1、S2を再検討し(それほど大きな修正はな い。むしろ内容を深める)、その後、20日ころを目処に通し稽 古の一回目をやり、問題点を抽出し、再び抜き稽古。その後は全 員が揃う際は通し、それ以外は抜き稽古、で十分間に合う。抜き 稽古では台詞部分(S3の藤井と誠子、多美子、入好を重点的に チェック。S4の対話部分も丁寧に見る)。

2009年11月10日(火)

テラ稽古

今回唯一の男性出演者、佐々木君、別の公演を終えて合流。滝君 も見学に来てくれる。久しぶりに私以外の「雄」が稽古場にい る。ちょっと気持ちが楽。


神経症、統合失調症(分裂病)に関して調べていた。

フロイト→ラカン、ドゥルーズ=ガタリ、大学の「ペットショッ プ化」(学生の動物化)、身体の暴発、コントロール・規律・訓 練の欠如。メンヘル、犯罪、自殺。岸田秀は黒船、敗戦、二度の アメリカントラウマで近代の日本人は分裂病に陥っていると語 る。フロイトは無意識というわからないものが人間を操っている ことを語った。身体への抑圧は様々な症例を表出させる。


シーン3の「人形」組に「幾何学的」動きというのを要求してい る。習慣化された思形が無意識の領域にまで侵入し、無意識の欲 望の表出としての身振りが「歪み」症状を表出する。むろん、表 現としてそれを対象化して出すのだから、簡単ではない。単純な (ステレオタイプな)人形振りやいわゆる一般イメージの「機械 的な」動きではない。それはマスイメージとして作られたもので しかない。無意識の領域に侵犯する思形の習慣的(オートマチッ クな)な型が、自然な動き(としての表出しようとする欲求)の 表出を妨害し、あるいは圧力としてかかり、精神の内部に歪みと して押しかかる。その負のエネルギーが鋭角的、破断的動作とし て表出する。そんなこんなを表現(他者・観客と共有する)にま でするための意識化作業を課している。そこから生まれてくる動 きを「人形」の動きと。


「人形」とは習慣化された思形のことでもある。イプセンが19 世紀に闘ったのは、当時の人々の道徳観や習慣的物事の捉え方。 妻が夫と子供を置いて家を出る、それ自体がまだキリスト教的倫 理観が支配していた当時のヨーロッパでは受け入れがたいことで あった。その「人形」的・オートマチックな思形と彼は闘ったわ けだ。

とすると私たちがいま闘うものは・・・。それは欲望(の欠損) する身体。知(あるいは情報)によって抑圧された身体、という 無意識の力に操られた状態。kの歪んだ力が犯罪にまで至るのは ごくわずかで、大概はゲームの中で大量殺人したり、ネットの匿 名投稿で罵詈雑言したりだが、暴発して犯罪に至ることもある。 他者を殺したり、自分を殺したり傷つけたり。それは個人の資質 の問題ではなく、資本主義社会の構造的問題なのだ。

島根で19歳の女子大生がむごい殺され方をした。市橋容疑者が 捕まった。資本主義は分裂病を社会的に増幅させている。ドゥル ーズ=ガタリの言う「オイディプス」の作動・・・。

2009年11月13日(金)

テラ稽古

ほぼ構成が固まった新しい場面「シーン3」(第三景)の通し稽 古。新しくアンサンブルを組む4人メンバー、藤井理代、上田誠 子、入好亜紀、佐藤多美子が稽古場にようやく揃った。


冒頭シーンから第二のシーンまで約25分、日常の延長の演技で はなく、極めてフィクショナルな「虚」の空間と「虚」の身体に よるシーンが続く。志村麻里子、井口香、中内智子、横山晃子 ら、テラのテラ的「虚」の演技表出を先導してきた「前衛4人 組」による「人形」たちのシーンだ。それを経ての第三のシーン (シーン3/第三景)である。

「虚」の時間の連続性の流れを受けた空間での演技であるから、 自我がそのまま演じている身体(一般に演技と信じられている日 常身体の延長上、自我の殻の上に化粧を施すような演技)では通 用しない。自我の殻が破れ、自我の下層に隠れていた精神が表出 し、その上で思考と身体の一体化を通じて発生する「演じる意 識」が身体を操る、というレベルで演技しなければ成立しないの がテラの特徴だ。


我々が無意識の領域の力によって支配されていることを19世紀 にフロイトは発見した。近代演技は19世紀の心理学の研究成果 に負うところが大きい。無意識をどう表象と結びつけるかをめぐ ってスタニスラフスキーの探求も続いた。スタニスラフスキーは それを日常の身体につなげようとした。私たちはこの「こころ (精神=身体)」の動きを象形化、外在化する試みをしている。 そこは大きく違う。


自分の意識や感情は自分が支配しているものと人間は勝手に思い 込んでいるがそうではない。私たちは脳の奥の部分(欲望)に動 かされている。政治家の重要な決定も実は無意識の部分、そこに 潜むコンプレックスなどが要因となっていたりする。これが軋み だすと心身症、神経症などの様々な外的症状を発現する。現代社 会は神経症を生みだす、と言われる。生みだす要因が複雑に社会 を覆い尽くしているからだ。

感情や意識が自分の知らない自分に操られている。これが日常の 身体、ふだんの自我の構造である。これを逆転するのである(基 盤訓練として長期的にテラが取り組んでいるFメソッドの基本思 想でもある)。それが「虚」の身体、「フィクショナルな身体」 である。だから、「虚」の空間を意図的自覚的に構築することを 舞台の「地」にしているテラ・アーツ・ファクトリーの上演では 身体が虚構化されていないと成り立たない。が、訓練をある程度 受けてきた者でも簡単なことではない。無論、初心者や普通のお 芝居しか経験のない者には全く不可能。

ふううむ、ここ(シーン3/第三景)はなかなか難行しそうな予 感。しかし今回、この障壁は彼女ら4人にとって良きステップア ップの機会になるに違いない。公演までハードルは高いが頑張り がいもあるというものだ。壁やハードルはあったほうが演技者に は返ってやる気が起きていいというものさ。

2009年11月24日(火)

テラ稽古

通し稽古。録画し帰宅して何度も見直し、細かいチェックや照 明、音響のきっかけ、演技面での修正点などを洗い出す。構成は ほぼ出来上がった。あとは場面転換や演技の細かい面、テクスト 発語に関する点など。まだまだやることは一杯だが、かなりしっ かりした作品に仕上がりつつある。

気候の変化が激しく、毎日生業の仕事と稽古の二足のわらじの演 技者たちの体調面が心配。病院に行ってから稽古場に来るものも いる。とにかく日本で芝居をやるのは死ぬほど過酷な労働であ る。公演稽古期間はまったく他の仕事をしなくていいオランダや フランス、ドイツ。日本はこと演劇に関してはどうしてこんなに 極貧、極悪な環境なのか。基金なんかじゃなく、まじめに芸術文 化的土壌を作れ、劇場文化を作れ、将来の日本のためにもと言い たい。

が、きっとよくなるさ。なるよういま出来ることは努力したい。 と言っても50年くらいかかるかな。よくなってもその果実は受 けられないが、いまテラにいる子たちの老後は「演劇と出会って よかった」と思える、「林に出会って良かったなあ」って思える 老後にしてやりたい。それだけを願って、頑張るさ。

2009年11月28日(土)

テラ稽古
稽古も詰めの段階。すごくしっかりした面白い、まさにいまこの 先行き不透明な時期にこそ人々に推奨したい、観てもらいたい作 品になりつつある。その上で、最後の詰め、これは大詰め。今回 でこの作品は仕上がる。同時に中のテクスト、身ぶりなどは毎 回、変えることが可能なオルタナティブな作品に仕上がりつつあ る。何度でも、またメンバーを変えても上演可能な作品のかなり しっかりしたコンセプト、メッセージ性のある作品の「母体」が 誕生する、そのプロセスに立ち会っているワクワク感がある。

その上で、最後の詰めのための微調整、微修正・・・場合によっ ては丸ごとシーンの組み立ての改変(特に人の配置、出番)、照 明との連携が必要。



たとえばある個所、セリフが回らないところがある。そういう個 所の問題点を、それを演じている演技者個人にどう伝えるか。そ の原因をどう解消するか、そんなことに大きなエネルギーを使 う。

テラの稽古では「ダメ出し」という用語を基本的に使用しない。 演技者も一緒に考えつつ全体も部分も作っているので、相互に納 得が行く、そのために確認やチェックを繰り返すのであって演出 家が一方的に「ダメ」と裁断することを避けるようにしている。 こちらがある点を指摘しても、それに対する「反論」は完全O K。「鵜呑み」こみして「魂」が入らないより、徹底して真意を 理解し合うことの方が重要だ。そのため言葉で探り合う、そうい うコミュニケーションを基本に稽古を進める、テラはそういう普 段の活動を地道にやって作品を作ってきた。



今回の作品は2007年に作り試演会を行い、その後一度上演し たものである。それを更に練り込んで今回の上演になるから、演 技者の方は深く理解しているし、ほぼ8割部分は完成に近い演技 で臨んでいるしほぼみな前回より数段技量も理解度も深めて臨ん でいる。が、新シーンに関してはまだ不十分。とにかくこちらも どう伝えるか、言葉を探る。うまく言葉に還元できないこともあ る。「強く」と言ったあとで「もう少し押さえて」ということも ある。「強く」の意味が一つではないのだ。言葉はあくまで道具 だ。それもかなり大雑把な。それをあれこれ交わし、使いながら 意味に近づこうとする。その意味はうまく言葉に出来るものもあ るしなかなか苦労することもある。ある状態、結果を生むために 「粘らないように」と言う場合、その「粘る」というのがどの程 度の事か、つまりコンテクストが共有されている場合もあるし、 言葉を交わして確認しながら、共有に近付けて行かなければなら ないこともある。そんな「格闘」を続ける日々。

だが、これはすごくワクワクする、想像力を刺激する、そして心 ある人には「強い応援」、勇気づけになる舞台になりそうだ。こ の混迷する時代の中で「生き方」を必死に模索する人達にぜひ観 てもらいたい。そこに激しく強いエネルギーを送り込み、エール にしたい、そういう作品・

2009年11月29日(日)

栃木の倉庫まで舞台で使う大量の雑誌をキャラバンで取りに行 く。

運ぶのは女性誌だが、どれもかなりレアーでそれ自体でコレクシ ョンになる代物。実際、コレクションにしていた方から譲り受け たものだから、「宝物」、古本屋に出しても結構高く売れそうな 代物である。それが600冊近く。すごい重量になる。

他にも倉庫に運び込む衣装があり、道具ものがあり、朝から新宿 のトランクルームで整理作業、そして運送運搬のロングドライ ブ。男手のないテラならではのおいらの役割。車の運転、倉庫仕 事は任せておけって、出来るなら80まで力仕事が出来るからだ でいたいなあ。からだ鍛えるぞっと。


帰りは事故渋滞に会い、そのままぎりぎりで稽古場に直行した。 昨日の通し稽古で感じたことを皆に伝えビデオチェックする。全 体の形が出来た所で、微調整、微修正が必要な個所が幾つかあ り、その理由や根拠を伝えたり、意見を聞いたりする。少し削り たい、スリムにしたい、余分なものを削除したいのだが、削るこ とに関してはその部分の演技者の納得がいる。せっかく作ったシ ーンなのに理由が曖昧なまま削られるのは誰だって溜まらない し、そんなことをしたら不信感にすぐ変わり、公演が終わったら 人はいなくなってしまう。今時の若者は昔とは違う。特に徹底民 主主義のテラでは「理解と納得」、これが水戸のご老侯の印籠に 替わる。だから、みなが理解するように説明し、話し合いし、意 見を聞き、もっとも良い(この場合、あくまで作品として観客に より最善の状態で提示する)結論を出すことをめざす。今日はと にかくずうっと修正点、微調整点に関して話し合いをした。


稽古終了後、車に5人が乗ってトランクルームへ。栃木から運搬 した雑誌の搬入を手伝ってもらう。と思いきや、うっかり中の部 屋に鍵をさしたまま、車から運び込むため開けっ放しにしていた 入り口のドアを誰かさんが気を利かせて閉めた。ドアは自動ロッ クされ中に入れなくなった。あららら・・・。鍵は内扉に刺さっ たまま。入り口ドアを開けるもう一つの鍵もそこに。そのまま、 外で雨の中、一時間過ごす。やがて連絡を受けたセキュリテイ管 理のアスロックさんが到着し、ようやくドアは開く。そして皆の 協力があって運び込みはすぐに完了。メンバーを新宿駅、中野駅 に送り届けようやく長い長い一日が終わった。いやはや何とステ キな日曜日じゃ。24時過ぎ、家に無事帰宅。今日はよく働い た。

2009年11月30日(月)

テラ稽古

「ノラ」という作品はいい作品だ。これから機会さえあれば ずうっと続けていけるテラのレパートリー作品の一つになり つつある。

だからこそ、公演まで残りわずかな日々、その中で最大限、より いいものにしたいと最後の構成の微修正にこだわる。今日も稽古 まで幾度もシミュレーションしてどう手を加えたらもっと作品が よくなるか考えに考えた。そのまま、稽古場に直行。みなに考え たことを話し、実際に試してみたりする。

同時に気になる個所のセリフ部分の抜き稽古をやる。



説明には全員が理解できる、納得するだけの言葉が必要となる。 人がついてくるか否かはまず日ごろの態度、本気度、真剣勝負の 気合い。人の善し悪しはいざとなると関係ない。多少の衝突があ っても相手をねじ伏せるのではなく、とことん真意を理解しても らうつもりで本気で思うところをぶつける態度こそ肝心。次にそ のための言葉の力。相手が納得する言葉を持っているかどうか、 そのためにはひたすら謙虚に勉強する。考える力を身につける。 饒舌でなくていい。訥弁でいい。しかし、説得力のある言葉。内 容のある言葉、裏付けのある言葉。これが現場を率いるための全 てだ。

演出論とか、最近流行りのアメリカでマネジメントの勉強してき たとか、そんなのはいざという時、実践の場では役に立たない。 マイケル・ムーアが「日本はアメリカの真似をしないで(市場原 理、新自由主義の事か)、昔の日本でやって欲しい」と言ったと か。昔の日本とはどこの時点かわからないが、昔の日本の芸能に はそれなりの本気で芸を愛する人とそれ相応の修行、勉強を積ん できた人材がいた。何事も「人」が全てだ。人は宝、劇団員は 宝。

今日は修羅場ではないが、嫌われ口も一杯きいたから結構集中の 度合いも高かった。一期一会、とくに公演が迫ると、悠長なこと は言ってられない。作品を成立するために、出来ることはぎりぎ りまでやるし、直すところは容赦なく直す。ちょっと厳しさの度 合いヒートアップの稽古場、なり。明日は12月、いよいよ差し 迫ってきた。もう日はない。しかし、やることは一杯ある。これ って幸せ?そうこれが幸せというものなんだ。真剣になれる、熱 を激しく持てる、金のためじゃない。好きだから、それが全て。 今日はテンション高いぞ・・・。眠れるか。。

2009年12月6日(日)

最終通し稽古。明後日は小屋入り、仕込みは二日取る贅沢。身体 表現や照明、音楽との連携などアート感覚を重視したパフォーマ ンス性の高い舞台だから実際にその空間でやらないとわからない ことも多々ある。本当は劇場で一か月でも二カ月でも住み込ん で、そこで作品を作りたいのだ。ジプシーのようにあちらこちら の稽古場(稽古場と言えないようなところも多い)を転々とし て、というのは理想ではない。劇場が創造の拠点となる、そうな るのが一番。

しかし、集団が必要ない、というのでは異論がある。たとえば劇 場を創造拠点とした演劇はフランスでは一般的だ。劇場(の芸術 監督)が企画して役者やダンサーを集め作品を作る。あるいは劇 場がカンパニーを持つ。これがヨーロッパの演劇文化の基準値。 しかし、フランスではいつも声がかかるのを待っている役者たち が一杯うろうろしている。企画があっちからやってくるのをひた すら待っている。決して自分たちで、自力で企画を立ててやろう なんてしない。チケットノルマをこなしてまで舞台をやろうとい う気概なんか全くない。そういうのは日本独自のものだ。そして その良さもあるのだ。

フランスでは劇場から声がかかればその間(稽古期間)の生活は 保障される。そういうのを俳優たちは待っている。しかしそんな 「待っている連中ばかり」、自腹を切ってでもやってやろう、と いう演劇人がいなくなっても面白くない。まあ、日本は自腹切り が中心、赤字覚悟でずうっとやって来たから、そして私たちもそ うだから、それではダメだと思っている。せめてフランスの1 0%程度の文化や芸術への社会的投資はするべき、と思う。とり わけこれから日本は産業構造転換、製造業、第二次産業中心では 立ちゆかなくなるのだし。文化や芸術度を上げて観光的魅力も増 さないと。文化資源はフランスに負けず日本は豊富だ。能もあれ ば歌舞伎も「よさこい」もある。相撲もあればアキバや明治神宮 入り口の異装の若者風俗もある。


芸事、芸術事は好きだからやる、金にならなくてもやる、という 精神が必要なのだ。合理主義者、ニヒリスティックな現実家がや っても面白みがない。お金にならなくていいとは決して思わない が、お金になるという目的が先ってのも逆だろ。自分の生きる意 味を考える、生きる価値を求める上で必要だからやる、だと思 う。絵を描くと食える、からゴッホは絵を描き続けたわけではな い。

最近は芸能事務所やタレント事務所がふだん仕事がない時、所属 タレントがぷらぷらしていると碌なことはない(変な薬に走った り遊び癖ついたりで)と、演劇を活用しだした。それはそれでい いが、そればっかりになってもなんか違うだろ。とにかくエンタ ーテイメントばかりが客入るじゃ、日本の未来はないって。

いや、『ノラー光のかけらー』は負けずにしっかりエンターテイ メント、見て楽しい面白い、ですよ。ただそれだけじゃないし、 それを目的にしていない。その上で、視覚性重視、構成も飽きさ せない展開。各場面は、どういうつながりがあるのだろうかと想 像するだけで楽しい。そういう楽しみがふんだんに織り込まれた 作品になっている。この作品は見て十分楽しめます。

2009年12月7日(月)

明日、小屋入り!小生はパンフレット作成で今夜は徹夜。

今日、やっと知人たちにメールで公演案内を送る。ばたばた状態 で来た今年の12月公演、すっかりあれやこれやで時間が圧迫さ れ続けた結果。冷や汗もの、来年から、この時期の公演は考え直 さなきゃ。


11月が来年度のもろもろの事業の計画立案に追われ、テラもテ ラで基金への来年の企画申請作成に追われ、で小生が公演準備に 集中できたのがほんのこの10日間ばかり。集団創作体制、演出 チームが存分に機能して、作品は十二分の仕上がりではある。こ れは集団力、小生は今回はメンバーに大いに助けられた次第。で も、自信を持って観客に提示できるものになったぞお、っと。 が、宣伝・広報面で大幅の遅れが出たこともあって、集客は大苦 戦。


日程も小生の都合もあって12月2週にしてもらったのだが、世 間はあいにく師走。何かとあわただしくメンバーの集客も苦戦し ている様子。いやあ、迷惑掛けまくり。ごめんなさい、皆の衆、 である。


しかーし、今回の『ノラー光のかけらー』、ほんと申し分ない作 品に仕上がっている。ぜひとも見に来てほしい。こう言う時に駆 けつけてくれる友こそ真の友。何とも勝手な言い分だが、ふうう うむ。でも、良い舞台になった、ほんと。見てもらいたい一作。 今がまさに旬、売れ時のテラ女子陣。花の色はすぐに褪せる、時 分の花とは、これなりにけり。

2009年12月8日(火)

小屋入り、さあいよいよ出陣!

公演パンフレットは見事!ぎりぎり間に合った。舞台への観客に 対する良き道案内になればとあれこれたくさんパーツとなる原稿 を書いたが、ページ数は限定されているので、その中から必要あ り、と思われるもののみを絞り込み、レイアウトする。


『人形の家』を契機に作られてはいるが、その筋書きを再現する ドラマシアターではないから、創作の出発点となった『人形の 家』と私たちの「ノラ」の関係をさりげなく道案内するよう心が けた。メンバーに見せたら「わかりやすい」と合格点をもらった ので、これで仕上げて明日印刷の運び、しめしめ。

今日は搬入、舞台周りと照明関係の仕込みを行う。場当たりは明 日、であるから今日は早めに出演者を帰し、明日以降に備えさせ る。最後まで残った照明の奥田師匠と舞台監督の今泉さんと私の 3人、バカバカしくも楽しい芝居の思い出話をしながら帰りにつ く。若い今泉さん曰く、「上の世代の人達って、武勇伝一杯ある から聞いてても勉強になるんですよね」、「いやあ、バカばっか りだったってことですよ。そんなバカな連中が一杯いて、面白か ったから足を突っ込んだんだと思いますよ」と小生のたまう。

今泉さんたち以降の世代(今の20代)、聞いていると何かつつ ましいというか真面目と言うか、サラリーマン的と言うか。そう やって何回か続けるうちに、精神的に疲労して去って行く、こと が多いようだ。肉体的にきついのは人間、いざとなると案外耐え られるが、精神的にきついのはホントに堪える。そういうことが 多いのもこの世界独自のこと。何せ、全く社会的に演劇なんて認 知されていない日本だ。そんなんことでヨーロッパ社会の中での 演劇の位置をちらっと話してみたりした。

初めてヨーロッパに行った時、「何をしてるんだ」って聞かれて それまで「怪しい東洋人」みたいに見下されていたのが「演劇や ってる」と言ったとたん相手の態度が急変、「それはスバラシイ 仕事をしている」と尊敬の態度になる。滞在ホテルのオヤジから 八百屋のオヤジまで、そうだ。日本でそんな扱い受けたことない から、びっくりしたよと今泉さんに話すと彼も驚いていた。文 化、芸術に対する社会の目が違う。そういうのをなおざりにして きたんだな、坂の上の「雲」(理念としての近代ヨーロッパ)目 指した割には文化や芸術への態度だけは忘れてしまったようだ、 日本は。「こころ」を大切にしてこなかったのだよ。

でも、そんな日本も精神的余裕のない「発展途上国段階」はとう に過ぎたから、これから少しずつ変わってゆくように思う。何が 幸福か、一戸建て持つ、高級車持つ、ブランド品たくさん持つ。 そういうのが幸福な時代は過ぎた。もっと「暖かい」もの、「体 温の感じられる」もの、苦楽を分かち合えるもの、きっとそれは 人間同士の交流の輪、ではないだろうか。そういうことに演劇は 一役買える、と思っている。効率優先、利益優先の近代合理主義 に貫かれた資本主義下の社縁でそれは出来ない。しかし地縁血縁 共同体もとうに崩壊。では、どういう輪(サークル)を作ればい いのか。それは趣味や道楽で通じる輪が一番、なんだって。人 間、いくら偉そうにしたって孤独には耐えられない、その状態が 続くと精神が持たない。神経症やうつ病、統合失調症がどんどん 増え、自殺者もどんどん増えるだけ。だからつながる、ってこと 輪になるってこと、それがこれから必要になる。そのための媒 介、それが演劇、劇場、人が集える街中の広場・・・。


などなど帰りの道でいよいよ演劇はきっともっと人々の身近にあ るものになるぞ、いやそういう方向に仕向けて行くぞ、と夢想し つつ、我がテラ・アーツ・ファクトリーの超、チョーウルトラシ ュールな舞台、まずはきちんとやることやんなきゃあ、ふと我に 返る小屋入り日であった。

2009年12月9日(火)

劇場で場当たり。照明、音響、次々に注文を出す。音響の阿部さ ん、照明の奥田さん、その要求に本当によくこたえてくれようと する。ありがたい。途中で休憩。小屋の外のテラスで一服。根岸 とちらりと会話。

やっぱりウチはまともな感性じゃあ、ついてこれないわ。明かり への注文をしながら自分で自分(の無意識に求めるもの)が逆に 見えてきて新鮮な驚き。普段は出来るだけフツーに、あまり目立 たぬようにしているせいか(ペルソナだよな)、そこで抑圧され ているものが一気にこういう表現の場で本性あらわしてくる。

演劇の常套手段、照明のハウツー、ひっくりかえしている。カミ ソリ、破格、常識破り、大胆、不敵、そういう感覚持ってる照明 さんでないとこれはついてこられないと思った。奥田さんでほん と良かった、他の照明さんならもう切れている、さじ投げられて しまうと話すと、根岸曰く「自分のパターン作ってるスタッフさ んじゃダメでしょうね」、そうだよな。

照明はすごいことになってきた。「今回はシンプルに行きましょ う」って私から言ったのに。いや、機材はそんなに使ってない し、はっきり言って極力シンプル・イズ・ベストで作った舞台で ある。でも、そのシンプルさがぶっ飛んでる。常識はずれ、でも やっぱ面白いわ、この照明。ぞくぞくするってこの音楽。

またまた好き嫌いはっきりする舞台作っちゃった。今回はテラの 中では一番、間口の広い作品(観客にとってわかりやすい、受け 入れやすいはず)だったのに、照明、音楽でカゲキしちゃった (笑)。これはサガだなあ。やっぱ、まともは面白くないって。 「ここはクレイジーにしてください。役者の動きと関係なく照明 が狂っちゃう感じに」、また言っちゃった。「序破急、そして破 る、はずす、そして静寂」。きっと根がクレイジーなんだろうな あ。でも、すんごい明かりと音楽になった。いや、演技、構成、 身ぶり、台詞、どれもいいんだけど、それらが消えてしまいそう なくらい、照明も踊ります。音楽も沸騰します。なんせ「アート 感覚あふれる舞台」だから、美術が演劇に侵食したのか、演劇が 美術に侵食したのか。美術系の人は大好きになる舞台だと思う。 舞台は動く空間美術作品だと思ってやってるし。


問題は明日の本番、オペレーションが対応しきれるか。とにか く、照明世界ではもはや師匠格の奥田さんが頭をかかえた。でも 奥田さんがダメで一体誰が出来るんでしょう。信頼してます。


明日が本番の役者連中を先に帰して、照明の奥田さんらと劇場に 残り、明かりの直しに付き合って帰宅すると深夜。初日の前はい つもながら興奮して眠れない。

2009年12月10日(木)

本番はばっちり!ラストは圧巻、まばゆいばかりの光の渦、まさ に光のかけら、破片が突き刺さる舞台に。ウエディングドレスに 白い紙吹雪が舞う、まばゆいばかりの光。新しい光を求める終 幕・・・。って感じ?


気になった音響、照明も初日にしてはまずまず呼吸があってきた ので一安心。客席も埋まった。ありがたい。


終演後、駅近くの「華の舞」で初日打ち上げ。一回やっただけで くたくたになる、からだ目いっぱい使うテラの舞台。ほんとにお 疲れさんのテラ女子軍団と、観客で観に来てくれたJTAN 間、劇団13号地の加藤さん、成行さん、大道パフォーマンスの 智春さん、DAIKIさん、批評の志賀さん、滝君、月蝕の舞台 で藤井と共演したアイドル女優さん、映像&舞台女優間宮さん、 漫画家の方、先ごろ結婚の桑原君、曽田君など多士済々が混じり 合う。宴席大いに盛り上がり、はじめまして同士が私たちの舞台 をきっかけに出会い、そして名刺交換、交流の輪が広がるっ、 と。



劇団13号地の成行さん「持ってかれました」、はじめはどうイ プセンとつながるんだろうって、引いて観ている(そういう演 出)うちに、中盤はだんだんからだが前の方にのめり、最後はす っかり持ってかれちゃいました」、しめしめ作戦に引っ掛かった (笑)。でも、ベテラン女優、ずうっと長く良質の舞台を見てき た方の発言は重い。とてもうれしい。

智春さんとも話がはずむ。面白い話がどんどんはずむ・・・。は ずみすぎてここに書ききれない。




「分裂してるんですよ、自分が」。帰り道、前回『マテリアル/ 糸地獄』、その前の『イグアナの娘、たち』と今回、それぞれ全 く違う表現(根元は一緒だけど、表出の仕方が違うため、観客に はかなり違って見えるようだ。そのせいか、続けて観ている人は どの作品が好き、とはっきり分かれてしまう)。分裂しているけ ど普段は「私」としてまとめているからそのまとめきれない部分 がうずうずして抑えがたく、だからこそ芸術って領域があり、そ こで自分は救われているんじゃないかな。いわば自己治療でしょ うね、なんたらかんたらと話しながら。

自分を一つのもの(アイデンティティー、自我の確立)としてふ だん生きている。すると別のものが自分の中で抑圧されてしま う。普通はその歪みが内在化して様々に屈折して表に出る。ある いはひどい時は神経症や分裂症(統合失調症)にまで発展する。 でも、私らはこころの中で抑圧され無意識に溜まるものを表現と して表に暴発させるから、今回の舞台のようなものにもなる。今 回の舞台の様な音楽、照明になる。だから普段は狂わない。いわ ば、狂気にまで発展しかねない内部のエネルギーを受け止める 場、それこそ舞台の快楽、愉悦、悦楽。その快感を一緒に客席の 方々とも味わえたら、気持ちよく今夜は眠れる・・・ぞ。一緒に 狂おう!そして明日を生きる力にしよう!


さて、明日は今日気づいた点も修正して更にパワーアップ。個人 的には7、8割くらいの力で作った作品。女性が前面のテーマだ から、私的には少し引いて立ちあう感じ。しかし、音楽などの選 曲は目いっぱい、自分の「好み」に走った。今回はディスコティ ックなアトモスフィアーです。

2009年12月11日(金)

『ノラー光のかけらー』二日目。

雨がひどくなってきたので客足が心配だったが、客席埋まる。



私たちの「ブリコラージュ」という手法は最初に設計図を持たな い。エンジニアリングの方法(近代の造形物はほぼエンジニアリ ング)を取らない。ブリコラージュ手法の典型は神話。先行する 民族や隣接する民族の神話が寄り集まって徐々に構造化される。 ブリコラージュは古代から長く人類が使ってきた叡智だ。テラの 舞台創造は、私たちの意識の下に隠れている潜在的な、無意識の 領域の無形の欲求を形象化する手法を意図的に取っている。

だからどうしてそういう発想が出てきたのか、最初は自分でもよ くわからなかったり、あるいはどうしてこれとこれがつながるん だ、という展開になる。しかし、理屈(意識)ではなく、より深 い本質的なところでその結合やつながりは必ず根拠がある。それ を探りながら構成していく手法にこだわってきた。だから、一回 目(初演)は十分、整理できていない、荒削りになっている場合 もある。しかし、それを経ないと、次の段階(整理)に進まない のだ。だから「ワーク・イン・プログレス」、上演しながら少し ずつ「完成」に向かう、そういう活動形態、創造形態になってし まわざるを得ない。


『ノラー光のかけらー』、今日も評判は上々だった。終演後、大 学の恩師でもある元早大演劇博物館館長の伊藤洋先生も来てくだ さり、観終わった後、「よく出来てましたね、視覚的にも良かっ た」とおほめの言葉をいただいた。いやあ、先生からそお言って いただくのは不出来な元生徒としては感無量、なんです。感謝。

前回の『マテリアル/糸地獄』に客演していただいた清田さんも 絶賛。花嫁「こづきまわし」シーン、分かるその気持ち、とか。 ラストの雑誌放擲シーン、サイコーに気持ち良かった、そうだ。 新婚の旦那さんもラストの雑誌放擲に共感、「わかる、あの気持 ち」。無意識に求めているものを形にすると、快感がある。快感 を抑制することが良いことだ、というのは近代以降、市民社会、 会社社会の特徴。一方で資本主義は人々の欲望を煽ることで維持 される。この内面と外面、実質とたてまえのギャップがストレス を増強する。そういうシステムの溶液に生まれた時から私たちの 脳は浸されている。私たちの「思考」のパターンは形成されてい る。その「意識」上のシステムを打ち破るのに無意識から送られ てくる「微かな頼りない信号」は重要な鍵を握っている。


貴重な80年代から90年代の大量のファッション雑誌コレクシ ョンを提供してくれた奥秋さん(のお姉様の収拾されたもの) も、雑誌たちがしっかり活かされていて「供養」になったと言っ ていただく。イプセンのテクストも活かされていた、と。ありが たや。そんなこんな。


ともあれ、安心して客席で観られる舞台になった。前々回、『イ グアナの娘、たち』に続いて今回もほぼ「合格点」に辿り着いた 『ノラ』シリーズ。これはもう再演するべき、と決めさっそく今 回使った雑誌は保存すべしと劇団の舞台監督担当入好さんに伝え る。再演は二年後以降であろうか。『イグアナの娘、たち』(次 回はタイトルが変更になる予定)ともどもテラの主軸レパートリ ー作品の一つになるだろう。さて、次は『ジュリエット/灰』、 これを完成にこぎつけたい。と言ってもこっちに手を付けられる のは再来年以降になるだろう。

だいたい二度目の上演で「完成」というのがテラのパターンらし い。と言っても本当の「完成」なんてありえない。「枠組」が一 つの完成形になったということにすぎないし、このやり方では別 の「完成」形もありえる。そして何より「人」があっての舞台。 今が旬のメンバー、それと作品構造ががっちりと組み合わさった 感。舞台も集団も生き物、10年後に同じことはありえない。人 間と同じ、はかない生き物、だから「いま」なのだ。

だから初演を見ている人は貴重なのだ。それがどう変貌を遂げる か、その推移をつまりはその間の作品の「熟成」のプロセスに触 れることが出来る、ということだから。ここが生き物としての集 団、生き物としての舞台の醍醐味だと思う。ある集団(の人々) とその創る舞台の生成と成長に参加する、そういうことなのであ る。世の中、とにかく忙しすぎる。あくせくしすぎる、すっかり 消耗品、資本主義市場の「シアターマシーン」システムに組み込 まれ、絡み取られている演劇にあって、私たちのスタイルは全く 逆行している。

だからいいのだと思う。とことん、「シアターマシーン」の歯車 から外れて行きたい。マイペースでじっくり作品を熟成して練り 上げてゆく、そういうやりかたを貫きたい。評判なんて糞くら え。マス(数量)がいいわけではない。少数派を大切にする、そ ういう演劇を続けて行きたい。いや、この作品は誰が見てもたぶ ん、楽しめると思うけど。何より、演技者、役者がステキになっ てきた、そこをぜひ観てもらいたい。

今日も日暮里駅前「華の舞」で二日目打ち上げ。観客で来ていた だいた写真家の平早さん、評論の村岡さん、池の下演出の長野さ ん、清田さん夫妻、元生徒の増永さん、ワークショップの重鎮若 林さんと普段交わる機会のない異種混合席。後から藤井、井口合 流。更に片付けの終わった、誠子、志村、和紅、根岸も駆けつ け、再び「はじめまして」の紹介、名刺交換・・・、いやいや 「人結び」の場と化したテラの「後シアター」の巻、酒席は楽し く話しは盛り上がる。舞台が面白いとその後の酒の席も盛り上が る。舞台が面白くないとまるで法事のようになる、か。

2009年12月12日(土)

土曜日、マチネとソワレの二回公演。

昼は吉本さんが来られて撮影。舞台は一期一会、それが全て。撮 影された映像は記録。100年後、「いま、ここに」いない人、 まだこの世に生を受けていない人に向けて残すつもりで撮ってい ただく。100年後、ここに集う観客も出演者もスタッフも全て の人が消えた後、をイメージする。

それにしてもいろんな客がいるものだ。呆れたり、怒ったり。う ちは若い女の子ばかり。下心アリのうさんくさいオヤジやオタク 崩れが近づいたら、小生が突然「用心棒」に豹変するわけさ。大 事な娘たち預かってるんだから、なあ。


終演後の宴、今日はメンバーは二回公演で精魂尽き果て感のた め、出演女子陣は帰宅組。しかし多忙の中、見に来た前作『マテ リアル/糸地獄』の音楽作曲の落合さん、観客の中の観客、舞台 の「生き字引」、1950年代から現在、新劇→アングラ→小劇 場→混沌と一元化の現在?と半世紀以上、舞台を見続けた村井さ ん、藤井の知人の榎本さん、前回出演してもらったナイスガイ門 田さんなど舞台で友となった人、客席で友となった人、初めての 人、そして長年の「同志」というか腐れ縁、滝君らで酒宴は盛り 上がった。こっちも大切な舞台(の延長)。そこで舞台を見終わ った後の楽しい演劇談義が続く。


はずだったが、初めて私たちの酒席に顔を出した、「業界通」ら しきAさん。顔だけはあちこちの劇場で見かけて知っていたが実 はどういう方かよくわからなかった。しかし、彼の放ったある一 言が私の中の「野生の血」というか、「元不良」の血を一気に沸 騰させた。「それどういう意味よ」、と突っ込むとしどろもど ろ。何だよ、根拠もなく、そういう高所からもの言うなよな。ま あ、よくわかんないこと言われたら、どこでも相手がどんなに偉 くとも、必ず「ちょっと待った」の小生。これが性分、それでず いぶん敵も作っってしまった。最近は知恵がついて、よほどの事 がない限り、あるいはどうでもいいことはしっかり見過ごす、や り過ごすのだが(無駄なエネルギーは使わない路線)、今日の一 言は「娘たちのプライド」に関わること。舞台に関してはシロウ トではない。言葉に気をつけなくちゃ、私より年長のいい歳こい たオヤジなんだからさ。あまりに根拠のない暴言に怒りを論理に 変えて突っ込む突っ込む。久しぶりに爆弾トークになった。


私が「沸騰」するのを初めて目の当たりにした藤井の知人のBさ ん、すんません。滝君はもう30年、こんなのしょっちゅう見て いるし、テラの面々も見ているから特に驚きはしないだろうが。 舞台の本番の最中だからなあ、テンション上がるわ。アホなこと 言うと客だってヤケドするよ。観客は神様、じゃないですから。 観客は私と対等な人間です。今日の舞台の言葉、ちゃんと聞いて からものを言えよ、テメエ。役者は品定めの「ゲージュツ的商 品」じゃねえって。


まあなあ、ふだん猫かぶって、「温和で柔らかい物腰」のペルソ ナ演技している私、知らない人はちょっとギャップかもしれない けれど、これもそれもわたし、どれもわたし。いろんなバラバラ なものがごっちゃに一緒になっているのが「わたし」、今日の舞 台とおんなじです。


にしても、半可通、したり顔で偉そうにする「業界通」らしいA さんを一喝した後、これぞ本物の「物知り」、「生き字引」、私 より20歳も年長、この人こそ日本戦後演劇の歴史を本当に知る 村井さんに貴重なお話をお伺いすることが出来た。こうした見識 にあふれた方からの貴重な話はありがたい。これだけで今日の酒 宴は開いて正解。

内容は私たちがやっている「集団創作」と社会性を持った舞台の 関係、特に1968年前後の太陽劇団の経験、それを受けた黒テ ント(当時の)の集団創作とその「挫折」(総括がきちんとされ ていないので挫折か腰砕けか曖昧化かはわからない、批評の佐伯 さんが中心だったので、次回、佐伯さんにそこら辺を聞きたい) に関して。詳細はここでは触れられないが、すごく本質的なこと を考える際のヒントをいただいた。感謝!

2009年12月13日(日)

公演、無事終了。

『ノラー光のかけらー』、アンケートや関係者の評価はすこぶる いい。今回は公演に入って客足が伸びた。まずまずの入り。ぎゅ うぎゅうでなくゆったり見られる、これ位が丁度いい。たくさん 入る必要はない。公演日数も今回くらいがいい。公演が長いとだ れてしまうし、モチベーション、新鮮さが失われる。同じこと繰 り返すと飽きてしまう。ショーバイで舞台やろうとも、客を一杯 いれてひと稼ぎなんてことも全く考えていない。好きなことをや りたい、ただそれだけ。そんな感じでやってきたので、ついつい 業界からまったくアウトローになってしまったが、これが自分の 生き方、今さら変えられないし、って。

こういう実験的な舞台は、今の日本ではどんどん少数派になって いる。私個人はもう子供の時からの筋金入りの「少数派」、変わ り者と言われ続けて生きてきたから、それが自分の自然。別に構 わないのだが、実験的なものに触れる機会の少なくなった観客 は、またもや日本的同質性の中に演劇の中でさえ浸され始める。 多様性、異質なものが混交するってのが社会にとっても人間にと っても健全なありかただと思うが。生物が男女、雄雌に分かれ て、別々のDNAを混じり合わせ組み換えしながら種を保存し続 けてきた、それが健全というか社会も人も生き残る方向なのだ。 同質性の社会はやがて滅びる。



続けて見に来てくれている観客がいる。それがとても大切、いわ ば同伴者だ。そういう人たちを大切にしてゆきたい。公演終わっ て、再び初心に立ち返る、なり。




テラ以外の活動では事業担当でもある団体が来年、上海万博でイ ベントを予定している。があいにく6月。テラが7月に公演を予 定しているから難しいなあ。8月には沖縄で国際児童青少年フェ スティバルでの企画がある。こっちも興味はあるがどうかな。他 にも来年は企画予定が一杯あり、自分が主導しているものもある ので、7月以降はフリーにしておきたい。忙しくなりそうだが、 テラの方もせっかく良い集団、稀有な集団、日本では珍しいしっ かりした技術を持ち、社会性がありかつアーチスティックな舞台 集団になりつつあるので丁寧に育てて行きたいのだ。

「ヘタウマ」、「キッチュ」が80年代以来小劇場の主流になっ てきた。だから、なかなかこういう玄人肌の舞台、集団は受け入 れられない。コンセプトが重視される時代だし。俳優の専門技術 を高めるのはすごく時間が掛かる。ある程度のレベルにならない と評価も出ない。で、ある程度のレベルに達する前に、メンバー が疲れてやめてしまい元の木阿弥。そんなことを繰り返してき て、よくもまあ懲りもせずやるなあ、と我ながら呆れる。これは もう限界への挑戦、不可能を可能にしたい、というどうにも止ま らない欲求が自分を支えているからだろう。20代前半で武智鉄 二に出会い、深い感銘を受け、その精神だけでも継承したいと思 った。それがこういう結果になってしまった。だから、この歳に なっても毎日が闘いである。「世間」ともその延長の「演劇世 間」とも。

2009年12月14日(月)

昨日は公演後、打ち上げ。
メンバーは至って元気。スタッフもまた次回一緒する。おそらく 映像を使う。映像の吉本さんと打ち上げ最中に作戦会議。ギリシ ア悲劇やるなら、映像使うと決めていたんだ。

映像とパフォーマンスという表現スタイルで80年代に、これで もかと映像を駆使し、人間の身体が映像と等価となる、そういう メディア環境下で分裂する人間と破壊されてゆく人間の脳(精 神、こころ)の世界を表現した。一般の芝居で映像使用が流行り 出した90年代は逆に映像使用を封印していた。80年代当時の テラの活動に関わりを持った、今はd―倉庫の小屋担当吉村さん と初日前にちょっと会話。


吉村さん曰く「当時から先行ってましたよね」、林「いやあ、先 行きすぎて相手にされなかった(笑)」。まあ、半歩前位が丁度 いいのよねえ。でも、仕方ないさ。やりたいことを表現したい。 そのために演劇の形式を捨てた。パフォーマンスと映像でないと 表現できなくなった。それが24年前のこと。


携帯電話(のようなもの)が直接的な人間のコミュニケ―ション を歪める世界を舞台でやった1986年。すごく重たい自動車電 話くらいしかない時代。子供にまで携帯が普及したのはそのずう っと後、だから当時は予想さえしなかった。公衆電話とテレフォ ンカードの時代だ。

パソコンやWEBがこんなに身近になるずうっと前、1988年 ころ、コンピューターが人々の生活をすっかり変えてしまう世界 を表現した。誰もピンと来ない、想像さえ出来なかったがやがて そういう時代になった。



ようやく時代が自分に合ってきたのだと思う。テラ創立以来の、 メディア社会が人間を分裂させる、歪みを強める(結果としてう つ病、神経症が増加)というテーマが今も続く。時代に合わせる 気は毛頭ないが、時代が勝手にこっちに来てしまった、感。



次回は1999年に何と出演者によって葬られた幻の作品『カサ ンドラ』。これは「弔い合戦」だから力が入る。「戦争と演 劇」、「戦争と女たち」を主題とした作品は1990年代のユー ゴスラビアでの内戦を作品世界の背景としたものだったが、作品 がほぼ出来上がるにつれて、何と出演者たち(ある劇場でプロデ ュース、オーディションを通った出演者、20代から50代ま で、小劇場から老舗新劇団員まで総勢40名参加)が「作品の演 出意図がわからない」と、紛糾。「何でこんな平和な日本で日本 と無関係な外国の戦争を扱う芝居、やらなきゃならないの?」と バカなことを言いだす女優もいた。寄せ集め集団内は異様な空気 に。とても公演どころではなくなった。ほぼ作品の各部のパーツ (13のシーンに分かれ、ブリコラージュ式に相互シーンが無関 係なようで次第に関連して行く構造、つまり今回の『ノラ』のよ うな)が仕上がって、あとは並べて通し稽古、という公演10日 前のこと。

結果的に仕切り直しを決意し、公演は中止にせざるを得なかった (希望者7名だけで1週間で作り直し、試演会という形で上演は した)。その時、こんな寄せ集め(プロデュース)じゃあダメだ と心底思った。日本の演劇人の知力(思考力)の低さ、見識の狭 さ、技術のなさにとことん絶望した。

そして深い挫折から10年かかって、理想に近い集団を作った。 しっかりした深いところまで理解しあえる仲間たちがいる。その 間に9.11があり、イラク戦争では日本も自衛隊を参加させ、 いまアフガンをどうする、普天間をどうするという話が出てき た。「現代の戦争」は日本と無関係な「遠い話」ではなくなって きた。ようやく時期が来たわけである。何より今度は「演劇内向 病」から自由なメンバーたち、同志たちが身近にいる。10年か かって、やっと「機」は来た。



んだから、来年7月の再開10回目公演はとっても個人的に大切 な公演なので全力投球、そこまでは生きていたい(笑)。まあ、 悔しい思いをするってのはいいことだと思う。これだけしぶとく 頑張ろうというやる気が叩き起こされ奮起したんだから。『カサ ンドラ』をやり終えたら「腑抜け」になるかもなあ。とにかく来 年7月までは頑張るぞ、っと。



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