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「言葉と意味の解体と再生」
演劇小冊子現〈場〉第4号より
(1983年5月発行、演劇集団アジア劇場発行)
この一文は、28歳の時、当時上演活動をしていた演劇集団アジア劇
場の発行する小冊子の批評文として書かれたものである。テクスト (上演台本)、物語論、舞台での役者の「位置」などに関して語りな がら、私たちがやろうとしていた演劇の姿を探った論考である。この 頃、劇団は最盛期を迎えていた。
つい最近、たまたまある演劇研究所の研究生らによって上演
された唐十郎原作の『由比正雪』を観た。上演する主体も観 客も、ただただ≪わけのわからなさ≫の海を漂っていて、な にやら雲を掴むような舞台であったが、『由比正雪』の初演 を観ていない私にとっては、かえっていろいろな事を連想す る契機となった。
『由比正雪』は、一九六八年三月〜六月にかけ、唐十郎率い
る状況劇場の紅テント興行第三弾として、新宿の花園神社で 上演された作品である。紅テントは、この『由比正雪』をも って風紀の乱れ等を理由に花園神社を逐われている。この作 品は六〇年安保から羽田闘争へ至る時代背景をベースに<革 命>と<前衛>そして民衆をベクトル軸とした隠喩による積 み重ねで構成される、極めて「状況」色の濃い舞台であった らしい。
この『由比正雪』の中で、しばしば≪剣にとって美とは何か
≫という台詞が吐かれる。この演劇研究所の人々はあまりこ の言葉に配慮を行なっていなかったのだが、私にはずいぶん 気にかかった。気にかかったというのは、おそらく十数年前 の初演の頃には思わず観客も吹き出したであろうこの言葉に 対し、一九八三年の観客は全く無反応であったというズレに 対してである。もし今あえて現在の観客を前提にこの芝居を 演るするならば、こうした言葉に対する感覚のズレを抜きに しては考えられないのではないか。
≪剣にとって美とは何か≫という台詞は、吉本隆明の『言語
にとって美とは何か』という書物の題名の一種のパロディで ある。<言葉>に対して、当時紅テントの中に集まった観客 達にとって、社会の中であるズレをもって機能していること に対する違和感や不信が少なからず存在していたであろう し、<言葉>の伝達機構としてのマス・メディアに対する根 本的な疑問が内在もしていたであろう。一方、六十年代後半 期という時代の中で、六〇年安保以来、様々な現実批判の声 が、警察権力という具体的な権力装置の力によって封殺され てゆく、あるいはこうした権力との対峙を背景に一つの象徴 として〈剣〉という台詞が放り出されるわけであるが、こう した連関を想起する観客の前を駆けめぐる異様な化粧と身な りの役者達が、≪剣にとって美とは何か≫≪それは考えすぎ ではないだろうか≫と来れば笑わずにはいられない。しかも この台詞が単なる駄洒落ではなく、次にくる≪目の前にふさ がる誰かがはっきり見えてこぬかぎり、お前は自分を知りゃ しない。≫≪権力への意志≫などという台詞と連関しなが ら、この芝居の劇構造そのものを構築してゆくのである。< 言葉>とその意味性との剥離が、ある〈おかしさ〉を持って 観客席に拡がり、それは日常的意識との同質性において硬直 化した〈言葉〉の意味をいったん解体しながら、劇構造の仕 掛けの中で新たなる意味性を獲得してゆく。そうした<言葉 >の意味の解体と再生は同時に観客席の意識を支える<私> =近代的自我の解体と再生とほぼ軌を一に行われてゆく。< 言葉>を拠りどころとしたこの〈おかしさ〉の系譜は、<犯 しさ>とでも言った地平まで変容しながら、ひとつの侵犯力 をもちえてゆくのである。そしてそうした<言葉>の意味の 解体と再生を、生きた<言葉>の活動として担い、と同時に <言葉>を契機として自己の生の時間の、喪われてゆく記憶 の蓄積を舞台上に復権せしめたのが、かつて、≪特権的肉体 ≫と唐十郎から命名された役者<麿赤児>や役者<四谷シモ ン>達であったのだろう。
私が初めて状況劇場の舞台に接したのは一九七三年でその頃
の私といえば、演劇のことは何も知らず、他の領域にのめり 込みかけていた。そのことは後に、自己の演劇活動の中で 様々な影響を与えるにしても、いささか個的なことなので、 ここでは触れない。ただ、その時、紅テントの舞台に初めて 接して、とりわけ私にとって衝撃的だったのは、その≪わけ のわからなさ≫の甚だしさについてであった。しかも熱狂的 な観客席の様子も異様であったが、それでもこの異様さは、 何だかとてもここちよい異様さであって、しだいに自分が観 客席に居ることの快感を味わうようになっていた。解説抜き では余りに≪わけのわからない≫以外の何物でもなかった舞 台も、かえって≪わけのわからない≫ことの面白さを堪能で きたことの不思議に出会えた奇妙な快感があって、印象的で あった。小さい頃より、教育の場を中心に、近代的な事物の 解釈の仕方や、事物に対する自己の意識構造を植え付けられ てきた私にとっては、自然の風と声が連呼するような<言葉 >の群れは、私の中で固定化された事物との関係の脈絡の上 に成り立つ<言葉>の文脈から零(こぼ)れ落ちる新たな<言 葉>の復権を認識させた。それは同時にこれらの<言葉>を 発する<役者>存在の記憶の蓄積とでも言った遡行(そこ う)する時間の上に決して平板化することなく立つ、一つの 生が甦(よみがえ)り息吹く、再生の時に出会ったような感覚 に裏打ちされたものであろうが、そうした<言葉>の復権 は、近代的に枠付けられてきた〈私〉意識から氾濫してゆく <言葉>がそこに溢れ、しかも私の中の様々な記憶の情動を 組織化してゆくような驚きや快感を誘発させたと言ってもよ いだろう。
朝日新聞のコラム欄に掲載された詩人の鈴木志郎康氏の『言
葉の意味が死んで音声が生き返ってくる』と題する一文であ る。確かに言葉を通じた現代の人間の存在状況を率直に語り えた文章で、私は面白いなと思った。こうした存在状況、言 語状況は現代を反映しているであろうし、演劇においても、 最近私が見た同年代や更に若い年代の演劇における〈言葉〉 は殆ど、<言葉>の意味の死の上に立脚したものであって、 そうした意味では現代をある意味では正確に反映しているよ うに思える。ただ私達の立場から言えば、≪それはそうなん だ≫という対し方と、≪それはそうなんだけれども≫という 対し方では同じ現状に立脚したとしても全く異なる方向性に 分岐されるのではないかと思う。硬直化し形骸化した<言葉 >に対し、パロディが隆盛となり、それが一つの武器となる 時代をかいくぐりながら、またある種の象徴や隠喩が通用し た時代を過ぎ、やがてそうした象徴や隠喩が<世界>との緊 張関係の背景を失い、ただ単に≪意味ありげ≫にしか成立し えなくなった時代を経て、いま、私達の目に見える光景は、 たしかに<言葉>と意味の剥離、乖離の現実が存在している ことはまぎれもない事実であるが、だからこそ≪それはそう なんだ≫という馴服(じゅんぷく)の態度に立脚した表現行為 は、あまりに安易としか考えられない。<言葉>と意味が、 あるいは意味の背景にある<世界>という秩序との緊迫した 関係が蒙昧(もうまい)としている現在こそ、人間存在を中心 核に据えた表現行為が求められているのではないか。演劇が どうである、という問題ではない。<言葉>と<世界>が、 一元的な関係をそれ自体でもちえないことは自明である以 上、台本(テキスト)そのもので、現在という時間を射抜くこ とは、不可能なことである。現在を生きる〈役者〉存在の時 間と記憶の蓄積の上に立って、はじめて<言葉>と<世界> は決して一元化されえない、多様で豊穣なる関係をもちえる であろうし、そうした関係の磁場の中で浮上してくる意味こ そ、私達にとって一つのリアリティとして現前化する、<な にものか>であるのだろう。私達が考える<物語>とは台本 の中にではなく、<言葉>を媒介項とした舞台と観客席の相 互関係性の中に生起するこの<なにものか>を言う。それ は、つねに舞台と観客席を占める人間の歴史軸に根ざした、 存在の記憶の蓄積の上に成立するものである。こうした<な にものか>の生起を思考するとき、私達は<言葉>を他者的 契機としながら、<私>意識の解体と再生の連続的作業とし ての<演戯的自己>の運動の総体とも言える<役者>存在 を、自己の表現活動の中心に据えたいと考えるのである。私 達にとって<演劇>行為とはそうしたことの全体をさすもの なのだ。
たまたま観た、唐十郎原作『由比正雪』を台本(テキスト)に
上演された、ある演劇研究所の舞台の、<演劇>という名を 借りた意図不明の行為に対する異和を契機に、私達自身が希 求するもの、志向することの基本的な思考を自己確認してみ た。
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