「イグアナの娘、たち」


2006年4月
(新)テラ・アーツ・ファクトリー 第2回公演『イグアナの娘、たち』、『フローター』


2005年4月の試演会を経、9月新テラ・アーツ・ファクトリー旗揚げ公演後の新テラ第二回公演
として
翌2006年4月、ディプラッツ「MSAフェスティバル」参加作品として上演する。

2005年4月17日(日)
イグアナ稽古  OC

1時―3時半まで「オイディプス」組、それから「イグアナ」 組。はじめにファリファリをやる。黒澤、佐藤和紅をターゲット に。声の強化。
6時―、2回 通し稽古をし、8時過ぎに終了。


試演会演目『イグアナの娘、たち』最終稽古。
なんとか形には、なる。
が、難易度が高い作品だと思う。

45分の中にあれやこれやが詰まっている。
それでいてシンプル、「衝撃的」で美しい(はずの)
ラストに向かって一直線、そこで「永田洋子」と、
めぐり合うや否や。。。。。。。。
作品のメタ・テクストは「永田洋子」、
常に彼女とパラレルに寄り添いながら、
舞台上で即興テクスト発語
(演技者がその場で言う言葉を考え、同時に発する)手法は、
前回の『アンチゴネー/血』以来の伝統。

舞台上で使用するテクストも出演者全員が
匿名でテクストを提出し、それを編集するテラ・システム。
上演に際する演技者の創造性が作家レベルと同等に要求される。
そして沈黙シーン、照明やけれんは一切使わず持たせる、
ほぼ全員が最初から最後まで出ずっぱり。。。
そして軸になる藤井は、「拘束」状態で
最初から最後まで「板付き」、手足の自由を奪われ、
言葉も奪われる。。。。。。。

さてさて、これは一体どうなることやら、
見てのお楽しみ。。。。。。。。

2006年2月14日 
試演会から一年経った、旗揚げ第二弾公演へ 
あっという間に増殖

テラのメンバーと麻布die pratze へ劇場の下見。

4月同時上演の小作品モノプレイ『フローター』のコンセプト絞 込みで悩んでいた桑原君。アイデアが浮かぶ?というか私が乗っ てしまい、冗談を言っているうちにいつもの「冗談からコマ」。 桑原君も乗ってくる。一歩前進!

今日の『イグアナ』の稽古は休みにし、皆で新宿西口居酒屋「北 海道 魚萬」へ。それにしてもテラは大所帯になったなあ、と感 慨。シアターファクトリーのワークショップは30人規模で人は いるが、テラに入って一緒に演劇活動をやる、となると話は別。 ワ ークショップはみな、それぞれのスタンスで参加しているか ら、ワークショップ=テラには全然ならないし、そのつもりでワ ークショップもやっている。社会人もいる(定年後に演劇活動を 始める心 積もりの方も)、ほかの劇団に属したり、あるいは大 ちゃんのように唐組に入ったり、曽田君、長谷川君のように万有 引力に出演したりしているメンバーもいるし、映画の方に活動の 場をもと うするメンバーもいる。シアターファクトリーとして はそういうあり 方でいいと思っている。そういうゆるやかな 「ファクトリー」、鍛錬の場をめざす。誰でも思い立ったときに 出入りできるような・・・。

逆にテラ・アーツ・ファクトリーの方は集団自体が「ファクトリ ー」、だから簡単に入れないし、簡単に抜けない、継続的、集中 的な作業の出来る場をめざす、創造を第一にした集団だか ら。。。。。

ところで、世の中、バレンタインデー、チョコを一杯もらってし まった。ありがたや、こんなにチョコレートもらったことない し。。。。

2006年2月16日
テラの4月公演ちらし、入稿!

テラ・アーツ・ファクトリー4月公演のちらし版下をようやく入 稿する。

2月末には印刷完成予定。遅いといえば遅いが、制作より創造作 業優先、が現時点でのテラ・アーツ・ファクトリーである。公演 を目的とした集団ではなく(創造集団が先行)、創造作業にたっ ぷり時間をかけることが第一、その中で出来たものをそれに見合 った企画・・今回で言えばMSA(ディプラッツ芸術祭)・・・ にて公開する、というスタンスを取る。通常の劇団公演(や公演 プロデュース)とは発想が真逆なわけだ。

たっぷり創造時間をかけた作品は、一度ではなく、機会さえあれ ば何度でも上演する。だから一回の観客は別に沢山でなくて構わ ない。お客さんが入れば「赤字」額は減るが、そのために「水増 し」はしたくない。きちんと向き合ってくれる観客を、一歩ず つ、少しずつ増やしてゆけばよい。だから急がない。


今回のちらし作りは結構、難航した。
MSAの企画は昨年6月にはすでに上がっていたのだが、間にゼ ミの卒業公演が入り、これに脳髄まで侵食されたため(不器用か らか、一つの作品に入り込むと骨の髄まで拘泥される)ちらしの 情報構成のうち、表紙の絵と裏の写真は決まっていたのだが、肝 心の言語情報がうまくまとめられないでいた。結局今回は二行の キャッチ文に収まるが、この二行に落ち着くまでずいぶん手こず った。

『イグアナの娘、たち』をどういう言葉で世にアピールするか? 考えに考えた。そしてうまく浮かばない。やっている側さえ、こ れだけ「言葉」にするのが難しい、そういう作品。それが『イグ アナの娘、たち』だ。しかし、それではだめだ。公開する作品の 顔でもあるちらしとしては不十分。格闘は二週間に及ん だ。。。。。

昨年、『イグアナの娘、たち』はまず直感的ひらめきによって一 気に作られた。「実験・創造工房」の試演会だから、まずは第一 歩を踏み出す、位の気持ちで作ったのだが、出来上がりは思った 以上だった。作った側にも観客側にも強烈に惹きつけられる「何 か」があった。それは無意識の領域に関わる、我々の欲望と対応 した「何か」なのだが、その「何か」、それを敢えて言葉、つま り意識の領域に持ってくる、それが無意識の「意識への収奪」に ならないよう回避しつつ、作品内容を言い当て、しかも決して言 語的説明にならない、その線を考え出すと、これが七転八 倒・・・・・。

たぶん、自分が第三者である場合、つまり他人の作品を批評する 立場だともっと容易に言葉が浮かぶように思う。人の無意識は見 えやすいが、自分の無意識は見えずらい、ということだ。。。。


とにかく、クリアーした。今日は開放感で満ち満ちている (笑)。今回は、新生テラ・アーツ・ファクトリーの二番目の試 練だが、インパクトのあるチラシが出来そうだ。まずちらしが 「世間」へ我々を露出させる第一のステージだから、そこが肝 心、そこは手間ひまかけたいところ。。。。。

公演の一回一回が真剣勝負。全ての感性と知性を動員して臨む。 レイアウト、デザインをしてくれた奥秋さん、ばっちりです。あ りがとう。。。。テラのHPには先行して掲載します。

2006年3月30日
稽古、稽古、稽古の日々

『イグアナの娘、たち』稽古状況。

今日、やっと抜けた、感じ。長い長いトンネル。。。。

作品の構造、骨組みは仕上がっている。今は毎日、通し稽古の繰 り返しで、身体的に流れを作る段階。しかし、昨年の試演と、メ ンバー内での人員構成を入れ変えたことで、新たな「困難」が生 じた。何せ時間のかかる集団演技。一人一人の「呼吸」がものを 言い、相手がかわれば「呼吸」が合うまでまたまた時間がかか る。こうして新しい壁が立ち塞がる。それを真っ向から突き抜け るまでやり抜こうとすると、あるのはただひたすらあと一歩、あ と一歩、あと一歩。。。。

連日、この「あと一歩」の壁を前にして稽古が続き、しかもピー クまでからだ、テンションを使うから、メンバーの疲労もピー ク。体調を崩す者も出てくる。とは言ってもOKが出せない、演 出は私なので、出したいが出せないものは出せない。

問題は言葉との距離感。どうしても言葉に引っ張られてしまう。 自分が語るようになってしまっては駄目(テラ・アーツ・ファク トリーの舞台では)。客観性、距離の中で、言葉との関係を自在 に操る、その言葉と発語者の〈関係性〉にこそ劇言語表現の可能 性を見出そうとする。これは実際にやってみると、かなりの技術 がいる。発語能力が弱いと、言葉の磁力に引っ張られ、言葉に支 配されてしまう。それでは自由でなくなる。。。。。

で、今日、何とか「照準」が定まった感じ。距離が取れるよう に、言葉の呪縛引力圏からやっと自由な位置に身を置いた感、が 見えた。これなら行ける!さらに「即興テクスト」部分も、即興 で上演時に言葉をかなり長い間、集団的に連携し吐き続けるのだ が、これはやたら難しい。

何せ、即興でしかも6人で言葉をその場で吐くのだが、だから毎 回違うのは当たり前で、その毎回違うのを、毎回違うはずなの に、ほぼ毎回同じ状態にまで持っていく、のだからフィギュアス ケートで3回転ジャンプは出来ても、4回転となると、ちょっと 簡単にはうまくいかんぞ、って感じのものなのだ。が、うん、こ れも繰り返し繰り返しチャレンジし続けた成果がやっと出てき た。先が見えてきた・・・。いわば目をつぶって、的に石を10 回投げて10回当たる、それをやろうってこと。まあ、見てのお 楽しみ。。。。

それにしても稽古場内は熱気でむんむん、暑い。女子、女子、女 子・・・・時々、外に出る。身体の中の空気の入れ替え(笑)。 いやいや、若い女性が多い集団だから、より襟を正す必要ありと しっかり「演出家」を演じているから、「生徒にメールでセクハ ラ」なんてバカな、自分の立場をはずれてしまったどこかの教師 のようなことの一切ない透明な集団、透明な稽古場です。それに してもこういう教師の話、最近多い。身近の話としてよく聞かさ れる。相手がまだ10代の(だからか)女子生徒に言い寄った り、教師もただの人間になったってことか。まあ、それのほうが 気楽だし。ってそれでいいのか!バカタレ!!・・・

稽古場は女ばかり10数人(男連中はスタッフで補佐)だけど、 女子バレー部のような、カラッとしたじめじめ感のない良い集団 です(笑)・・・。昔、そう言えば大松監督っていた。東洋の魔 女、日本の女子バレーが世界のトップに輝いた頃。あんな感じ? にしても世の中、というか日本人の「こころ」の中の風景はずい ぶん変わった。特に教室内の風景、中高生と教師の関係、子供た ちの内面風景、これらはその内部の問題ではなく、社会の変節 (後期資本主義社会の当然の帰結)の写し鏡である。テラ・アー ツ・ファクトリーの舞台は、そこにメスを入れてゆきたい。ほと んどビューキ(自覚症状のない)、壊れる一方の〈私)の内側 へ、内側へ、それを突き抜けて社会へ、世界へ・・・。ビョーキ の世を相手にする私たちはむしろより健全になってゆく。。。。 〈私〉という主体を確立する行為としての芸術活動、批評活動、 でもあるわけだ、演劇行為とは。

『フローター』は、今回私はドラマトゥルクだが、すでに出来て いる「劇」にもう一つ、別の材料を持ち込んでしまった。桑原君 も賛同し、試しだしたが、しかし通底させるとなるとかなりの力 技か、〈接続〉の仕方の工夫が。。。。まあ、中身自体はすでに 何度も試演会でやってきたもの。そこそこ行ける。がそれで良し とせず、もう一歩先を。。。。というわけで、新しいアイデアが うまく接着できるか、大失敗になるか。。。。。まあ、やるなら 安全圏じゃなく、冒険を、だ。行け行け!!桑原。

2006年4月1日
十分見せられる仕上がりに

『イグアナの娘、たち』
衣裳をつけて通し。ぎりぎりで演技者たち、一気にレベルを上げ てきた。これなら観客に見せても、文句は言えまい。誰が来ても 大丈夫なものになった。と言っても、見に来る観客は限られいる だろうが、しかし、演目として作品として十分見せられるものに 仕上がってくる。刺激、想像、いろいろなことを1時間の中で考 え、体感出来るものになっている。

事実、今日の私は、舞台の流れを見ながら、たくさんの発見があ った。自分が主導し、関わりながらそういう感想を持つのも不思 議だが、良い作品が出来るときは、そういうものだ。一番、楽し むのは演出家、となるわけである。これは武智鉄二氏から教わっ たことだが。。。。


『イグアナの娘、たち』は作品構造上、ほぼ完璧に「閉じていな い演劇」の仕組みになっているから、何度やっても飽きない、読 みきれない、面白さがある。それが楽しめるところにようやく辿 り着いた。これは面白い舞台になる。観客の一人一人の反応が楽 しみ。まさに観客を一人一人にし、その一人一人の思考と感性の レベルを問う舞台になっている。

2006年4月2日
迫力満点の「イグアナ」

『イグアナの娘、たち』通し稽古。
すでに昨年の試演会で骨組みがしっかり出来ていただけに、演 技、からだの流れが出来てくると、どんどんブレークする。初め て見る観客は、これは圧倒されるなあ。今日はビデオで通しを撮 影する。迫力満点、まさに身体を揺り動かすことで伝わる何か、 言葉を越えて立ち現れる何か、そう言うしかない迫力ある舞台 だ。

『イグアナの娘、たち』や次回作『アンチゴネー/血』(こちら もすでに8割がた出来ている。更に異様な生と死のエロスが花咲 く・・・こういう言葉で語るとほんと陳腐だ、だからそこに臨場 してもらうしか説得力ないけれど)、これはどう言葉で表現して いいか、見てのお楽しみ、まさに「立ち会う」出来事、よりドキ ュメントに近接する演劇、って感じ?やはりどお言葉に還元して も「深層の表層への収奪」としての言葉を超えられんなあ。いや まさに見るしかない、立ち会うしかない、そういうものにほぼ仕 上がってきたってこと。たった3日しかやらないよ、これ。

たとえ「人気」が出たって、うちはこのペースで変わらず行きた い。まあ、事前に期待すると、なあんだってことになるから、あ まり期待せずに来るのが、一番びっくりして(笑)、面白いと思 うけれど。。。

にしても公演直前とは思えないほど、いつもと変わらない日常、 たんたんと稽古を続ける団員たち、制作、宣伝より創造に力点 を。だから未だにチケットをたくさん売ってね、という他の劇団 では恒例の掛け声儀式が全くない、不思議な現場です。

2006年4月3日
近代日本建設の「つけ」

公演直前、明後日小屋入りなのに、今日になっても「イグアナ」 チームはみなふだんと変わらない、たんたんとやっているといっ た感じ。試演会ですでにやっているからかなあ。今日は衣裳をつ けてメイク、ヘヤを作ってみる。いやあ、美女軍団。みな、メイ クすると映えるなあ。。

『フローター』稽古、こちらは作品的には、最後の詰めの段階。 一人で構成・演出・出演が「モノプレイ」の基本、上演作品の 「作家」であり、上演者であり、というスタイルのもの。新しい 演劇手法の提示にもなる。。。だから本人にもプレッシャーはか なりかかるのだろう。一昨日、救急車で運ばれた桑原君、一時は 心配したが、何とか復帰する。無理がかからないように気を配り ながら、ラストの部分の実験を何度かやってみる。

25分くらいの小品、「短篇戯曲」ならぬ「短篇上演」で、こう いうものが表現できる、こういう表現の仕方がある、そういうも のになる可能性があるし、今後の演劇の新しい手法、を切り開く 発端になるかもしれない。考えてみるとこの作品は6回も試演会 をやって、今回初めて公演になる。形として十分行けるものであ れば、「レパートリー」として何度も繰り返し上演したらいいの ではないか、と桑原君に言う。公演のために稽古して、公演終わ ると終わり、それに慣れているせいか、あるいは謙虚さからか、 ためらっている。

まあ、公演が試金石、でも気にせず、いいと思えばやり続けるこ とだ。作劇法が、従来の演劇の固定観念を超えているから、そう いうのは最初は戸惑いや拒絶の反応もある。しかし、共感するも のも出てくるはず。行け行け、桑原。にしても、この題材はどこ の演劇団体も扱ってないよなあ。私には小さい頃から身近の題 材、っていうか、ここに出てくる存在は、実際に親族(義理のお じ、つまり父の姉の夫、やその子たち、つまり小さい頃から仲良 く遊んだ従妹たち)にいるんだわ。でも、ほとんど日本国民から 存在自体を無視されてきた、日本の近代国家建設の見えない部分 の「汚点」ですよ。私の育った北海道には、近代日本国家建設の 矛盾、いっぱいだらけ。私の町は炭鉱だったけど、いまや人口は 激減、ついに今年「市町村合併」で消えてしまったし。。。。。 観客の反応、楽しみ。

2006年4月4日
拳を握れ、演劇

明日は小屋入りなので、今日が最終稽古日だったが、「イグア ナ」の稽古はなしにし、みな明日からに備えて早めに返す。公演 直前に稽古をするのがあまり好きではない。慣れて安心したい、 という演技者の習性(無意識の)と、ぎりぎりまでやることによ る気休め、それらが嫌なのと、繰り返し過ぎて一つ一つの身体の 動き、言葉が「すべる」、つまり意味とぶつかってつっかえずに さらさらと動きや言葉が出てしまったり、意味もなく無意味な (しかし記号としての表示性はあるから受け手は意味としてとら える)過剰をなくし、舞台の一瞬一瞬の行動を自らの思考力と感 性をとことん使い、そこで表現されるものと自分がしっかり向き 合って(背負って)もらいたい、ということにもよる。

逆に『フローター』はラストの重要なシーンの確認のため、稽古 をする。演技者が自覚、認識していない、しかし結果として表出 してしまっている部分を知らせ、ラストの一つ一つの動きの、発 語の意味の確認をし、それを実現するのに必要な力の入れ具合、 転換、音量、動作・所作、の確認をする。ここがうまく行くかど うかに成否はかかる。

今日、フランスで学生300万人の新法に対する反対デモがあっ た。日本では「どうせ、政府や政治に対して行動しても、法律を 云々しても」という若者の「どうせ」癖、「やったって仕方な い」が蔓延しているから、こういうことはフランスや韓国では起 きても日本では当面、起きないだろう。考えてみれば、この風潮 は私の学生のときからである。演劇でも、「どうせ」派学生劇団 が主流となっていった。私のいた6号館でも、私たちは世の中に 対してNOの立場からの演劇表現を行っていたが、次第に少数派 になり、「どうせ」派が勢力を増していった。

たとえば鈴木君(サラリーマン新劇ラッパ屋)は、とても近くに いたが、そして人間的には彼のことは決して嫌いではないし、誠 実な人だったが、だから演劇に対する彼の考えはうなづけないに しても、芝居を見に行ったり、見た後はきちんと感想を伝えたり (たぶんこれに彼は相当カチンと来ていたのだと思うけれど)、 彼らの芝居の「後ろ向き」さ加減をしばしば批判したりした。

ので、彼には私は煙い存在だったろう。彼と同じ演劇サークルの すぐ下の代の成井君(後にキャラメルボックス)も当然、私の考 えには初めから「時代遅れ」と認識していたのではないだろう か。稽古場で成井君とはよく顔を見合わせたが、話はしたことが なかった。し、多分彼には拒絶の対象でしかなかったのかもしれ ない。彼らの時代は、その後到来し、そして今もエンターテイメ ントとしてそれなりにファンを持っている。が、同時に「どう せ」派に反発する新しい演劇、新しい世代が2000年以降、少 しずつ出てきているのではないだろうか。1970年代から、ず いぶん長いこと「停滞」は続いたってことか。もういいんじゃな いかな、「停滞」は。演劇はもっと社会に対する「武器」になっ ていいじゃないか。300万人のデモにも負けないような。そう いう思いも込めて『フローター』のラストシーンを考えた。ある 法律を問題にするシーンだ。

2006年4月8日
渾身の作品、これこそ見ないと損!

6日に小屋入り。のため荷物の搬入車運転を頼まれ、慣れない早 起きをしたはいいが、いきなり来た、来た。知らないうちに疲 労、心労がたまっていたのか、吐き気、腹痛、立ちくらみ、車を 返した後は歩くのもままならず、一度家に戻って寝たきり状態 に。風邪から来たのか。。。。とにかく夕方のゲネプロまでにふ らつきながら小屋に入る。が、帰りもまともに歩けずタクシーで 帰宅。

『イグアナの娘、たち』は題材が題材だけに一回一回見るだけで エネルギーが要る。文字通り、自分の羽を抜いて作品を作る「夕 鶴」の心境だったし。演技者は稽古は十分に重ねてきたし、演 出、に依存しない集団体制(それが演劇集団本来の姿。一人一人 が自立して初めて演劇集団が本来の意味を有する。ボスがダウン したら動けない、では個人ユニットでしかない)を目指していた から、あとは藤井や舞監の山内、制作の中内に任せることにし た。

で、何とか初日を無事終える。そして今日は昼、夜二回公演。客 の評判も聞いた範囲ではすこぶるいい。演劇の固定観念が強いと 戸惑いは大きいだろう。言葉も反語的に使ったり、演技衝動を徹 底して押さえたり、芝居に傾くとすぐに「つっかえ」を入れる し、劇的な照明、虚構を生み出す要素を排除した演出だから、芝 居を見慣れていたりすると違和感があるだろう。でも、演劇って もっと自由、誰がこうあるべしと決めたわけではない。私が演劇 を始めたときはその自由性が心地よくてきっと惹かれたのだと思 う。が、現在ある演劇はかなり様子が変わってしまった。ミニ業 界化が進み、どの芝居にも顔を見かける役者、口当たりがよくそ の場で楽しめるが、明日には記憶から薄らいでゆく芝居、そうい うものが支配している。観客もそれを求める。この圧迫感、同調 強迫、息苦しいことこの上ない。つっかえる演劇をしたい。 「え!?」と目が点になる演劇、頭が混濁する演劇、日常にぽっ かりと穴を開けてしまう演劇。。。。うううん、ますます具合が 悪くなりそう(笑)。

「演技者の動作、歩く一歩一歩、発語の多様性、昨日今日にして 作り上げられたものではないことがわかる、よくこのレベルまで 若い演技者を育てた」とは古くからの知人の演出家O君の言辞。 さすがは長年、演技・身体を大切にした現場をやっているだけあ ってよく見抜く。題材、構成もしっかりしているから、関係者だ けでなく、通常の観客も納得してくれた様子。残念なのは、どう でもいい舞台がありすぎて、こういう「問題作」かつ一定の水準 をはるかに凌いでいる舞台が、埋没していることだ。まだまだ潜 在的には大勢の支持する客がいるはず。そこが残念でならな い。。。「東京の演劇スケジュール」という情報板によれば小劇 場だけで今週末36本の公演がある。まさに異常、異常演劇都市 東京。世界中でこんなに病んでいるのは東京くらいだろう。この 芝居の多さは。しかも演劇人口は1%もない。演劇「小」業界の 中で自足自給・・か。

今日もまだ体調は戻らず。公演のたびにぼろぼろ状態だが、明日 までは何とか持たせよう。終わったらしばらく「リハビリ」だ い。

2006年4月9日
公演、終了!!

何とかからだは持った。明日はもう倒れても構わないぞお。

今日はうれしい再会。一貫して劇団解体社の舞台を支えてきたK さんが突然来る。なつかしい、驚いてしまった。よくぞ我々を 「発見」してくれた。そして足を運んでくれた。「林さんの見る の早稲田以来ですよ。」見終わった後は、何も言わず(寡黙な方 だから)黙って、強く手を差し伸べ、握手をしてくれた。それが 一番の応え。解体社演出のSさんともども、初期テラの舞台をよ く見に来てくれていた。あの頃は、身体に重心を大きく移動した ため、また大量のビデオモニターを使ったりしたため、演劇の 外、パフォーマンスの方に行ってしまったと思われて、演劇の 人々からは「敬遠」されたが、それでもダンスの勅使川原三郎さ んやロマンチカの林巻子さん、岸田理生さん、解体社の面々は熱 心に見に来てくれたのを覚えている。

他にもかつてアジア劇場の舞台を何度か見ていて、その後、やっ と「消息」がわかったという20年以上前の観客(アンケートで 偶然知る)、確かに80年代後半以降、どちらかというと「パフ ォーマンス」という枠組に受け取られ、「演劇業界」への露出も ほとんどなくなったし、10年間は海外中心に動いていたから、 当時の観客からしたら、どこに行ったのだろう、ということかも しれない。だから再びの時を越えた巡り合いはうれしい。昨日の 大橋君も10数年ぶりだろうし。

原点回帰。演劇、という前提で、演劇の業界的な雪崩現象に歯止 めを掛ける抵抗装置の一つになってゆきます。

我々の舞台に対する好き嫌いは当然分かれるだろう。むしろ演劇 の現状では、私たちの舞台を好きという観客はかなり少数派だと 思う。特に、前回や今回のような重い題材を扱っていると。その 重荷は十分すぎるほど背負った日本での再度の旅立ち。当分、厳 しい状況は続くが、少しずつ、少しずつ、前に進んで行きたいと 思う。


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